翌日、宗が言った通りにスーツ作りに連れられていった。
「あの…吊るし、でいいから」
「…そうだな…。一着は俺に選ばせて買わせて?あとは瑞希自分で払っていいから。給料入ってただろ?」
そう、入ってた。
「でも、あれ、おかしい…よ…?」
「あ?おかしくないけど?俺お前の5倍以上貰ってるし、坂下だってお前の3倍以上はやってるけど?」
「………は?ほんと、う…?」
「ほんと。多分会社も同じくらいだろ?給料?」
「…よく、分からないけど…。多分。部署とかによっても違うみたいだし」
「お前は出世組だろ。途中で横取りしちゃうけど。ま、いいや。それで払って。それならいいだろ?」
「……うん」
スーツはどうせ買わなきゃいけなかったし、宗の隣に立ってもおかしくないようなのだったらいい。
生活費は要らないと宗は受け取らない。それでもスーツ代まで全部出すと言わなくてよかったと胸を撫で下ろす。
その給料だって結局宗から出ている事は同じなのだが。
一応頭はフル稼働して働いていた感はあって、コンビニのバイトとは違う充足感があったのも確かだった。
入った店は名の知れた所で瑞希は落ち着かない雰囲気になる。
「二階堂様」
すぐに店のマネージャーなのかそれなりの物腰の中年のぴしっとした人が宗を見て挨拶に来た。
「今日は俺じゃなくて彼に。見立てて」
「畏まりました」
絶対値段が普通じゃないと思うんだけど。
自分は普通の大手の紳士服屋の安いのでいいのに。
店の奥の方に連れて行かれ採寸され、試着させられた。
試着させられた物はやはりよくて、布も触り心地も着心地もまるで全然違う。
ホストで制服の黒服も着たし、大学入学に奮発して安いスーツも着たけどやっぱり比べ物にならなかった。
「いいじゃん」
試着した姿に宗が頷く。
確かに鏡に映った姿はそれなりに見えてとても親なし何もなしには見えない自分がいた。
でもいったいコレはいくらするのだろう?
「お客様は細身ですし上着の腰をもう少し絞ったほうが…」
「いや、それはダメ。形はこれでいい。生地は…」
宗が店の人と勝手に決めていく。もしかしなくてもオーダーメイド…だろう。
「シャツをネクタイは2種類位。おしゃれ用と普通用」
店の人と瑞希に合わせながら勝手に会話が進められていくのにいたたまれない。
こんな大仰なものいらないのに…。
「瑞希、こっち」
やっとそれを解放されると続いて宗に入り口の方に連れて行かれる。
「この辺りなら値はほどほどで物はいいから」
奥の方のは生地の見本が並んでるだけでどう見ても値段が張るのが分かったけれど、入り口辺りに並んでいるのは普通に値札もついていて、その値も思ったよりも普通だったのに安堵の溜息が漏れる。
「もっと高いのばっかりだと思ってた」
「だろ?でもないぞ。世情があるからな」
よかったと瑞希は安心してあれこれと試着して見てもらって選んでいく。
自分で買ったほうの支払いを済ませると、今度は宗が二階に連れて行く。
カジュアルの服が置いてあった。
今瑞希が着てるのは安いもの。これでこの店にいるのが恥かしい位のものだ。
「瑞希は安いの着ても安く見えないからな…。得だな」
「…え…?」
「お前の雰囲気がなぁ…。でもそれなりの値の物はやっぱり物がいいだろ?」
「…うん」
「安物買いの銭失いだぞ?」
くっと宗が笑った。
そうかも、と妙に納得する。安い物だと本当に1シーズンで首が伸びたりして着られなくなっちゃう物があるけど、ここのだったらきっとそんな事はないのだろう。
「………いいけど…、お前サイズS?」
瑞希はむっとした。
「Mでもいい」
「いや、だめだろ」
くくくっと宗が笑った。
「ま、いいや。じゃ適当に…」
ぽいぽいと宗が適当に選んでいく。
「宗、まさか…?」
買う気?と小声で抗議した。
「あ、これ試着してきて」
無造作に手にした物を渡された。
「試着室どこ?」
知ってるくせにわざと店の人に話しかけて宗は瑞希から抗議が出ないようにしたのに瑞希は困惑してしまうが案内されれば着るしかなくて。
「いいな。じゃ、それ着て帰るから値札とって」
値札を取ってもらっているうちに宗は階下に降りて支払いを済ましてしまったらしい。大きな紙袋を持っていた。
スーツはまだ裾上げなどあって今日はまだ荷にならないのに袋を提げてるってことは…。
じろりと瑞希は宗を見た。
「何?俺の分も買ったんだけど?」
本当かな…?
それならいいけど…。
いいけど、店の人はいったい宗と瑞希の関係をどう見るんだろう?それが心配になってくる。
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