土曜日は通しでリハだ。
それにはなんと創英が付いてきた。初氏がついてくると騒いだのだがさすがにそれは止めなさいと創英が宥め、結局創英がちゃんと見てくるなら、と初氏が妥協して創英の車に乗せられて会場入りしたのだ。
音楽関係者が創英の出現に慌てていた。
「た、高比良さん!な、なんで立花 創英さんが!?」
「え、と……」
なんて言ったらいいのだろう…と凪が困っていると創英が近づいて来た。
「うちの父の弟子になったんです。今日ここに父が来ると言うのを止めて私が代わりに来ただけです。高比良、曲弾いて」
「あ、…はい」
もっともらしい説明に凪はほっとして弾きはじめるとピアノの脇に立っていた創英の眉間の皺が深くなってくる。
「高比良!調律、誰に頼んだんだ?」
「え?誰…って特に指定は…」
はぁと創英に頭を抱え込まれ、そして創英が携帯を出した
「お前は演奏を一流にするなら調律者も一流を使え!………あ、もしもし立花です。急で申し訳ないのですがコンサートホール用の調律を…ええ、すみません、無理いって。テレビでも宣伝している高比良 凪の…今会場に入ってるんですけれど…」
…手配してくれている…?というか…この調律じゃダメなのだろうか…?
「いいか。ピアニストはピアノをただ弾くだけだ。自分のピアノを持って歩くわけじゃない。世界を歩けば調律のされてないピアノで演奏を強要される事もあるかもしれない。でもここは日本で自由が利くんだ。周りを完璧にすれば自分も気持ちよく弾ける。その微妙な響きのあるところをお前は気にならないのか?」
「いえ、ちょっとは気になる…けど…」
ぴりぴりした雰囲気の創英にやっぱり細かいな…と思ってしまう。
「どうせ今日はホールを一日借り切っているのだろう?今ここでちんたら弾いても仕方ない。第一耳障りだ」
耳障りだ、まで言っちゃうんだ…。ああ、でもプロなんだからちゃんとそこまでこだわらないといけないのか…。ついいつもの田舎のピアニストのつもりでいたけど…確かに狂った音で…耳に心地よくない音ではお客さんに申し訳ないしいくら凪がいい演奏をしたってその音が不快だったらよくは聞こえないんだ…。特に東京は年間のコンサートの数が多くて耳が肥えているお客さんが多いだろうし…。
「すみません」
「これから調律は今から来る遠藤さんという方に任せなさい。ピッチや鍵盤の深さも自分の好みをちゃんと伝えるように」
「…はい」
ナニゲに創英が親切だ…。あんなに初めて会った時は嫌だ、苦手だ、と思ったのに…。いや、今だって十分苦手ではあるけど…。顔を顰められれば何を言われるかと思わず身構えてしまう位で、びくついてしまうのはもう癖になっているかもしれない。怖い…というわけではなくなったんだけど…。
だからといって気軽には話す雰囲気ではなく気詰まりに変わりはない。
創英が電話をしてくれた遠藤さんが来て、生方さんも丁度姿を見せた。
「すみません!あれ…?」
「どうも」
遠藤さんと生方さんが挨拶している所を見て知り合いなんだ、なるほど、と感心する。二階堂 怜のコンサートも手がけている位なのだから一流の調律師とも知り合いなのか…。…というか!凪もその中に入れ、という事なのか!?
今更ながら創英をじっと見た。
「なんだ?」
「あ、いえ…」
余計な事を言ったら睨まれそうだ。…やっぱり創英は苦手だ。
それから調律が済むのを待ってやっとリハ。
ああ…音が違う…。
今まで凪はただ弾いていただけだったのだと思う。楽譜を追って弾いていただけ。だからいつも足りないといわれ続けてきたんだ。
弾きながらちらとピアノに寄りかかって聴いている創英を見れば眉間の皺もない。
この一週間凪のピアノを聴いていただろうから調子の良し悪しも分かるだろう。まだ全部をこめちゃいけない。明日にとっておかないと。
さらりと流す程度の弾き方に替えた。タイムテーブルを作るためのリハだ。
明日はホールは一日貸切にはなっているが凪はゲネプロ(本番前の全通しリハーサルの事)はなしでさらりと本番前のリハだけの予定のため今日が最終練習と言っていい。
でも大丈夫、だと思える。なんといっても明日は三塚がついてきてくれるんだ。万が一倒れたとしても前の時みたいにきっとフォローしてくれる。
…万が一そんな事になったら怒られるかもしれないがでもきっと怒ってもついていてくれるはずだ。
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