部屋にある狭いシャワールームでシャワーを浴びて目を覚まさせた。
すっきりとして着替えを終わらせ、そして荷物を纏める。
もともとそんなに多く持ってきた荷物ではないのであっという間に荷造りは終わる。出してかけておいた燕尾服にもカバーをかけた。
そして携帯がメールの着信を鳴らす。
〝今出ます〟
迎えに来てくれるのは凪の唯一の人。互いを信じ合え、尊敬できる人だ。
〝気をつけて〟
ドキドキする。ここにもうすぐ三塚が来る。そして…。
凪はそわそわして階下に下りるとそのまま外に出た。今か今かと逸る気持ちを抑えて三塚の到着を待った。
来たっ!
三塚の車が見えた!
閑静な高級住宅街に可愛いファミリーカー。背も高い三塚だったらもっと大きい車でも似合いそうだけど可愛い車に乗ってるのもいい。なんといったって距離が近いから。創英の車に乗っているとその距離が遠くて、それが三塚の車だったらちょっとヤかな、とか仕様もない事を思ってしまう。
道路に車を止め三塚が降りてきた。結局スーツを着て来たらしいのに笑ってしまう。
「おはよ…ってなんで笑うんです」
「だって…」
「別にスーツ着たのは挨拶するから、じゃないですよ。凪についているのにやっぱりちゃんとしてた方がって思っただけです」
仄かに三塚が照れているのがおかしくて口を押さえて凪は笑ってしまう。
「…こっち」
三塚の腕を引いて立花の敷地内に案内する。
「でかい家ですね…家っつうか屋敷、邸宅って感じだ…」
「そうなんだよね。ピアノもさすがにすごいよ?」
「……でしょうねぇ…。凪の顔色よさそうで安心した」
「だって…無理にでも…食べてた…」
「食べてないともたないから、ね?」
凪の耳に息を吹きかけるようにして三塚が囁いた。
「そ、そんなんじゃっ」
「赤い顔して何勘違いしてるんです?コンサートが、ですよ?」
意地悪そうに三塚がにやにやして凪を見ている。
「いやらしい凪は夜の方考えて…って!」
ドン!と三塚の体を押してやる。
「少し意地悪言うのは受けてください。俺がどんだけやきもきしたと思ってるんです?」
「別に何もない」
「なくないでしょ!キスまでされてる人がいるとこになんて!何度奪いに来てしまおうかと思った事か!」
「……すればよかったのに」
はぁ、と三塚が溜息を漏らした。
「ホントふりまわされてばっか…」
「そんなつもりはない…んだけど…」
「いくらでも振り回していいですよ」
くすと三塚が笑っていた。
いいなら言わなきゃいいだろ、と思うけど黙っておく。
そして三塚を案内しながら立花の家の玄関に戻ってくると初氏が待っていた。
待っていたんだけど、凪の後ろに立っている三塚を見て目を丸くしている。
「三塚 絋士と申します」
「な、な、凪…くん…?」
ちょ、ちょ、っと初氏に手で呼ばれた。
「彼が…その、凪くんの大事な、人…?指輪の…相手?」
こそりと初氏が凪に耳打ちしてきて凪ははい、とはにかみながら頷いた。
隠さない。それでもし軽蔑されたりされるようなら初氏はそれまでの人なんだ。
三塚を見ていれば三塚の友達は皆凪に対しても普通だった。三塚は自分の事を過小評価しているみたいだけど、そうじゃないと思う。人に対して自分を飾らないから…。正直なんだと思う。凪は自分を隠す事ばかりだったんだ。だから何でも言えるような存在がいなかったんだ。
「……そう。あ、凪くんには認めてもらってませんが、一応父の立花 初です」
初氏は動揺したのは一瞬で、三塚を見ると笑みを浮べた。
「存じ上げております」
三塚が答えると初氏が三塚に向かって手を差し出し握手を求め、三塚もその手を取った。
「光栄です。実はコンサートも拝聴した事があります。子供の頃ですが」
「それはありがとう。…君もピアノを?」
「齧る程度で今は趣味です」
三塚が苦笑している。
なんか…なんか…。
凪は思い切り恥ずかしくなって来た。
「あ、に、荷物持ってくる!」
顔を真っ赤にさせてばたばたと階段を上がった。
親に紹介って…事なんだ…?いや、違うけど、親じゃないって…自分で言ってるけど…。
「あ…」
階段を上がると凪の使わせてもらっていた部屋の前に創英が立っていた。
「…あとで聴きにいく」
「あ…はい!…頑張ります…」
「……ここには…いつでも来ればいい」
それだけ言って創英は凪に背中を向けて自室の方にだろう行ってしまう。
なんだろう…?相変わらず創英は苦手だとは思う。表情だって変わらなくて…。 それなのに…嬉しく思う。血は繋がっていないけど、初氏の息子なんだから…義理の兄という事なのか…?
憎悪も侮蔑ももう創英の目に見当たらない。何がどうしてそうなったのか分からないが凪の存在を認めてくれたという事なのだろうか…?
たくさんのポチいつもありがとうございますm(__)m
にほんブログ村小説(BL) ブログランキングへにほんブログ村 BL小説