立花の家を出て会場へ。
朝から変なテンションになってしまったが会場についてかえって落ち着いた。大事なのはプライヴェートの事よりも今はこれからのステージの事だ。
ホールに凪が着いた時にはすでに調律師さんが来ていて微調整をしてくれていたらしい。
落ち着かない雰囲気。だがステージが楽しみだと思えるのも初めてだ。
早く弾きたい…。
逸る気持ちを抑えて深呼吸する。
「今日はよろしくお願い致します」
今日のコンサートをCD化するらしくスタッフの数が多い。
そして凪個人での初めての大きなコンサートだ。きっと以前の凪だったらここに来るまでに逃げ出していたくなったはず。でも今は違う。
控え室に入って心を落ち着かせる凪に三塚は何も言わずにただ傍にいてくれた。
「初めて……自分の弾く曲を聴いて欲しい…と思っている」
そっと凪の座った隣に立っていた三塚の袖を掴んでそして見上げた。
凪とは違う男らしい精悍な顔。男からみてもカッコイイと憧れるような人だと思う。そんな人がケーキ職人って可愛い。車も可愛いし、意外と可愛いのが好きなのだろうか?
「よかった。俺も楽しみです。何しろ凪は曲を全然聴かせてくれないから」
「その方どきどきするだろ?」
「凪って意外と意地悪なんですよね…MなようでわりとS。俺の方がSなようでわりとMかなぁ?ちょうどいいか…」
「な、なに言って…も、うそろそろ着替えるっ」
「どうぞ?見てていい?」
「見て、って…!?」
「いや、着替えさせたげましょうか?」
「いい!いらないっ!外!」
出てて!と指差すと三塚が口を押さえて笑っている。
「ダメ~。…凪の身体確認しないと。俺のつけた痕はまだ残ってる?」
三塚の手が凪の服を有無を言わさず剥いでいく。
「あ、ちゃんとまだ薄くですが残ってる。新しいのつけてあげますね」
頼んでない!と思いつつも鎖骨の辺りに首を埋める三塚の頭を凪も抱きかかえた。
「もっと……」
きゅっと吸われて心も体もじんと熱を持ってくる。足りない…。
何箇所か痕をつけると三塚が離れた。
「ダメ。やめときます。とまらなくなりそう…」
「…ん…」
凪もそうだ。いいから今欲しい、と言いたくなってきそうだ。
「はいシャツ着て」
三塚がささっと凪に着替えをさせていく。けっこう三塚の方が理性的だよな、と凪はちょっとばかり残念な気がしてしまうが、さすがに今はマズイ。
三塚はピアニストの凪も大事にしてくれる。それが分かるから…。
そして着替えを済ませて静かに開場を待った。
集中。
頭の中で曲を鳴らす。初氏に注意された事を思い出しながら。
そして桐生 明羅の曲も…。
あれはまだ三塚の前でしか弾いていない。あれにはレッスンはいらないから。あれは凪。マリアなのかキリストなのか…。未だ答えは出ない。けれど間違いなくあれは凪だけの為の曲だ。
桐生 明羅も来ているのだろうか?初氏も?創英も?
緊張してくる。けれども早く聴いて欲しい。
「凪」
三塚に声をかけられ凪が立ち上がると三塚が上着を着せてくれ身支度を整えてくれた。
「…がんばって」
軽いキスを落として小さく凪の耳元にいい声で囁いた。
凪はこくりと頷き、舞台袖に向かうために控え室を出た。
チケットは完売で会場はもう満席になっている。
アナウンスが流れ、凪の緊張がピークに達してくる。
心臓が大きくどくどくと鼓動を刻んで緊張から冷や汗がふきだし、頭が開場の熱気にぼうっとしてきそうだ。
「大丈夫」
三塚がそっと凪の背中に大きな手を添え小さく凪の耳元に言い聞かせるように囁いた。
「ん…大丈夫だ」
今までに感じた事のないような緊張感だが凪はうっすらと笑みを浮べながら頷いた。
ブザーが鳴る。そして会場のライトが落とされステージが明るくなった。舞台袖にいてもステージの熱気が伝わってくる。もう一度アナウンスが流れる。
「高比良さん、本番行きます」
凪はスタッフの方を見て静かに頷き、そしてブザーが鳴る中三塚に視線を向け視線を絡めた。
三塚がいてくれたから変われた。そしてここにこうしてしっかりと立っていられるんだ。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
三塚に笑顔を向けそして表情を引き結びステージに足を踏み出した。
孤独なステージ。今までは特に、そうだった。一人で気負って…。でも今は後ろに三塚が立って支えてくれる。
ピアノの傍に立って会場を見渡しそして礼。
今日は本当に来てくれてありがとう、という気持ちが溢れてくる。いかに自分が独りよがりな演奏をしていたのか…。
盛大な拍手のなる中凪はピアノの前に座った。
聴いて欲しい…。自分の音楽を。
凪の頭の中は真っ白になった。
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