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熱吐息 carezzando~愛情をこめて~5

 「じゃ行って来る」
 「おう。いってらっしゃい」
 今日は新入社員説明会で、瑞希は新しいスーツに袖を通していた。
 玄関先で宗がキスして見送ってくれるのが恥かしい。
 「…出したくねぇ…」
 宗が拗ねた子供みたいに口を尖らせていた。
 「それ、脱がしたい」
 「だめ。じゃね」
 「…おう」
 面白くなさそうな宗が嬉しいけれどいい会社に就職するのが目標だった瑞希にはやっとその一歩がやってきたのだ。
 不安はあるけれど今は一人じゃない。
 宗がいてくれる。
 緊張と不安と期待が入り混じった複雑な心境で瑞希は電車に乗って会社に向かった。


 受付で名前を言ってチェックされ、会社説明のパンフレットをもらって案内される。
 テーブルに座ると視線を感じ、怪訝に思ってその視線を追う。
 「もしかして瑞希?宇多 瑞希?」
 その視線の人物が近づいてきた。誰だ?名前を知っている?
 「俺、斉藤 良和。小学校の時いっしょだった」
 くったくのない明るい笑顔。
 「ああ、思い出した」
 友達と思ってたのに急に態度が変わった奴だった。
 それまではすごく仲がいいと思っていたのにある日を境になぜか疎遠になっていった奴だ。
 厄介だ。
 瑞希の事情は全部知っている。
 別にいまさら隠す気もないけれどだからといって吹聴して回られるのも歓迎出来ない。
 「瑞希頭良かったからな。すごいな」
 「……名前で呼ばれたくないから宇多にして。そういう斉藤だってここにいるんだからそれなりでしょ」
 「え?ああ、ごめん。俺は大きな声じゃ言えないけどコネだから」
 別に興味ない。
 なんで馴れ馴れしくくるのか。
 「小学校の時から綺麗だ、可愛いと思ってたけど…想像以上に綺麗になったな」
 瑞希は斉藤をちろりと見た。
 「そう?男に対しての誉め言葉じゃないと思うけど…一応礼は言っておく」
 宗も綺麗、と思ってくれるだろうか。
 可愛い、って言われるけど。
 思わず宗を思い出すと表情が崩れそうになる。
 「なぁ、み…宇多…」
 「説明はじまるから黙って」
 瑞希は前を向いた。

 それから斉藤の事は頭からシャットアウトして真剣に説明に耳を傾けた。
 その後辞令は4月1日だが内示で部署を振り分けられ、部署ごとに別けられた。
 斉藤は同じ営業でそれにもちょっとげんなりしてしまう。
 まさか同期でしかも同じ部署になろうとは。
 斉藤は瑞希が気になるらしくなんども視線を感じたが瑞希はそんな事などどうでもよかった。
 宗のためにも瑞希は仕事を一所懸命にしなければならない。
 会社の中を案内されたり覚える事は覚えてしまう。
 部署の上司達、社員も名前だけ紹介された。
 顔と名前を覚えておくように神経を集中させる。
 きびきびと動く社員達に瑞希はやりがいを覚えた。
 自分もこの中に入ってやっと自分で自立出来るのだ。

 「宇多くん、ちょっと」
 今日はこれで終了だと告げられた後に瑞希だけ呼ばれた。
 なんだろう?
 「なんでしょうか?」
 「君、新入社員代表で挨拶をしてくれないか?」
 言ってきたのは人事部の部長だった。
 「…自分でいいんですか?」
 「君は成績も優秀だったし。いいかね?」
 はい、と瑞希は頷いた。
 「期待しとるよ」
 ばんばんと肩を叩かれた。
 新入社員のスーツは皆真新しい。
 瑞希は宗に感謝した。
 瑞希だけだったならばきっと安いスーツに身を包んでいたはずだ。
 二階堂商事は一流だ。外見にも気を遣わなくてはいけないのだと初めて同じ新入社員を見て思った。
 安物の自分にサイズが微妙に合っていないスーツを着ているのもちらほら。
 あれでは格下に見えてしまう。
 宗は勿論知っていたのだろう。
 宗がいなかったらきっと自分もあの仲間だった。

 荷物を纏めていたら斉藤が寄ってきた。
 「なぁ、時間ある?ちょっと話さないか?」
 「悪いけど忙しいから。……4月からはよろしく」
 一応同じ部署になるので本意ではないけれどそう言っておく事にする。
 「おう、よろしくな。そっか忙しいか…。ま、いいや。じゃ4月から」
 斉藤はにこやかな笑みを向けた。
 瑞希の中では斉藤はもうどうでもいい事だった。
 早く帰りたい。
 宗の顔が見たい。
 どうでもいいとは思うけれど思わぬ斉藤の出現に心の中では戸惑っていたのも大きかった。
 吹聴して回る奴じゃない事を祈るしかない。
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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