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追憶の彼方には戻らない 3

 乗り換えの駅に着いて唯はふらふらしながら駅に降りると後ろにいた殺人犯らしき人も降りてきた。
 「君…大丈夫?」
 殺人犯と思われる人が心配そうに唯に話しかけてくる。
 「大丈夫…です…。駅で少し休みますから…」
 「そう?じゃ気をつけてね」
 「ありがとうございます」

 〝人のいい、優しそうな、こんな俺が殺しをしているなんて誰も思わないだろう〟

 肩をぽんと叩かれた時に聞こえてきた。
 確かに唯だって見た目でまさか、と思ってしまう。
 頭を小さく下げて唯は男の後姿を追った。視界からだんだんと離れて人波に男の姿が消えていくと安心してその場にしゃがみこんでしまった。

 「君?どうしたの?」
 一瞬あの男が戻って来たんじゃないかと思って唯は体を強張らせた。けれど声が違う、とすぐに気づく。
 「大丈夫かな?」
 しゃがみこんだ唯の肩に声をかけてくれた人が触れている。

 …………触れている。
 …のに何も聞こえてこない。
 え!?と思い唯はがばっと顔を上げて目の前に立つ人を見上げた。
 「顔色が悪いね。少し休む?」
 「え……あ……」
 やっぱり何も聞こえない。動揺して唯はあたふたと慌てる。

 「あ、不審者じゃないから安心して。俺警察官だから」
 警察!?
 がばっと唯は自分の肩に触れていた手に唯は両手で腕を掴んで縋りついた。
 さっきの!電車でのこと!言わないと!

 ……でも…言ってどうするの?誰が信じるの?
 泣きそうになって顔を歪め唯は頭を項垂れた。
 「大丈夫?駅に休む所あるから行くか?」
 「大丈夫…です…」
 別に気分が悪くなったわけでもないので首を小さく振った。

 頭の中がぐちゃぐちゃする。
 この人が思ってるだろう事が聞こえて来ない。それにさっきの電車での事。
 「そっちに座れる所があるからちょっと休もうか?」
 唯が小さく頷くと肩に触れていた警察だという人が唯の体を支えるようにして連れて行ってくれる。

 やっぱり触れていてもこの人からは全然何を思っているのかが聞こえてこない。電車の中での事で緊張してたのが緩んだのと今度は触れているのに声が聞こえてこないという事におろおろしてしまう。

 「本当に警察だからそんなに警戒しなくてもいいよ?」
 背が高くて唯よりも肩の線が大分上にある人をじっと食い入るように見ていたら警察だという人が苦笑してそう言った。
 別に唯は疑ったわけではなかったのだけどそうとられてしまったらしい。

 警察官だといったけど制服姿ではなく濃い色のスーツを着て背が高くてかっこいい人だ。きりっとしてちょっと怖そうな感じでもあるけど…でも今はそんな事より何も聞こえない事の方が唯の中では重要だ。
 どうして?さっきは電車の中でも聞こえたのに…。
 それよりもこの人警察って言った。さっきの電車で聞こえた事やっぱり言った方がいい…?でもこんなの言ったって信じてもらえるはずもないに決まっている。
 どうしよう、と頭の中がぐるぐるしすぎだ。

 「君…本当に大丈夫?顔色悪いよ」
 スロープになっている所に出来た手すりのような段差の所に座らせられ、警察だと言った人が唯の前に屈んで唯の顔を覗き込むとそう言った。
 でも本当に警察の人?制服も着ていないし…。声が聞こえるのならさらに安心出来るかもしれないけれどなぜかこの人からは声が聞こえないから…。
 スーツで警察といえば…。

 「刑事さん…?」
 「そう。君、その制服成条高校だろう?甥が通っている。一年生?武川光流(たけかわ みつる)って知ってる?」
 「あ…はい」
 今名前が出た武川光流は学年でも有名だった。入学式で新入生代表の挨拶をしたしクラスも違うんだけどとても目立っていた。あまりクラスメイトとも話をしない唯でもその存在は知っていた位目立っている。

 「俺はそいつの叔父で武川 航(たけかわ こう)です」
 強面、といってもいいそのひとが口元を緩めた。
 そういえば武川光流のお父さんは警察のお偉いさんだとか誰かが言っていた気がする。
 お父さんも警察で叔父さんも警察?
 言われてみれば武川光流にちょっと似ている気がする。意思の強そうな目とか、背が高いところとか顔の作りも全体的に…。
 疑っていたわけではないけれどちょっとほっとした。

 「あの…紺野 唯です。紺野は今じゃなくて紺色の方の紺野…」
 「ああ!…しかし…唯なんて可愛い名前だね。でも君には似合ってるな」
 「……どうも」
 褒められたのか馬鹿にされたのか…。でもこの人の顔を見れば悪気はなさそうに見える。
 どうしよう…。でも今はそんな事よりもさっきの電車での事だ!
 
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