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追憶の彼方には戻らない 4

 それに触れたのにこの人の考えてる事が伝わってこなかった。
 電車で聞こえた事とこの人の声が聞こえなかった事の二つで唯の頭の中がぐるぐるしてしまう。
 「顔色悪いね…。飲み物でも買ってくる?」
 唯は小さく頭を横に振った。

 「休んでれば…大丈夫です。あの…刑事さんは仕事中…?」
 「そう」
 「あの…殺人事件の…?」
 「そう」
 刑事さんが苦笑した。
 「全然捜査が進んでいなくてね」

 ……さっきの事を言えれば…。
 凶器に使った物は公園にって言ってた。それに次は…っても言ってた。また殺人をするつもりなのだろうか…?

 体が小刻みに震えてしまう。
 どうしたらいいのだろう…?
 唯の目の前に屈んで唯の事を気遣ってくれている刑事さんをじっと縋るように見てしまう。
 「どうしたのかな?」
 問われれば顔を俯けふるふると頭を横に振った。

 言えるはずがない。
 でも…また殺人するかも、と思えば言った方がいいに決まっている。
 唯は顔を覆って自分の中で葛藤してしまう。
 「大丈夫…?」
 刑事さんが唯の肩に手を触れて擦ってくれるが、やはりこの人からは何も聞こえない。

 変な能力は消えちゃったんだろうか…?突然に?
 それならそれでいいけれど、でもさっき電車の中で聞いた事は…。
 まさか殺人犯が普通に電車に乗って、しかも自分と接触するなんて思ってもみなかったんだ。
 「…なんか思いつめた顔をしているね…。署に行ってみる?話を聞いて相談に乗ってくれる人がちゃんといるよ?」

 唯は頭を横に振る。自分の事を言って普通に聞いてくれる人なんていやしない。
 それに自分の事言ったらキモチワルイ目で見られるに決まっているんだ。ばれたらまた引越ししなきゃいけないかもしれない。
 でも言わないとまた誰かが被害に合う可能性もあるんだ。

 顔を上げて前の人を見て口を開こうとするけれどやっぱり声は出てこない。
 言って、せっかく親切にしてくれた刑事さんに変な顔されるのも嫌だ。
 どうしたらいいんだろうと泣きたくなってくるけどやっぱり聞いた事を言う事はできない。

 「あの…お仕事中って…言ってました…よね?もう大丈夫です」
 「本当に?」
 「はい」
 すくっと唯が立ち上がった。
 別に本当に気分が悪かったわけではなく聞こえてきた声に動揺しただけだったのだ。

 「家は?近く?」
 「いえ、乗換えで…でももう大丈夫です」
 大丈夫と言いながらもやっぱり迷ってしまって目の前の刑事さんに縋るような目で見てしまう。
 その時携帯の着信音がした。
 「もしもし」

 刑事さんの携帯で刑事さんがすぐに電話に出る。
 「ああ、すみません。…分かりました、すぐに」
 仕事の電話だったのだろう。
 「俺は行かないと…唯くん…本当に大丈夫?」 
 「はい…あの…ありがとうございます」

 名前で呼ばれた事にちょっと驚きながらも小さくこくんと頷いた。本当は全然大丈夫じゃない気もするけれど…。
 だってさっき聞いた事を一人で抱えなくてはいけないんだ。
 言ってしまえれば唯は楽になれるし、捜査だってきっと進んで逮捕できるかもなのに…。そうすれば次も、と言っていた事件も起こらないかも…なのに…。

 「もし何か相談とかあったらいつでも警察に来ていいんだよ?」
 唯は小さく首を横に振った。
 「大丈夫…です」
 …多分。
 だって自分のこの変な能力の事を言ってしまったら誰でも引くに決まっている。

 「相談は難しく考えなくていいからね」
 ポンと立った唯の肩を軽く刑事さんが励ますように優しく叩いた。触れられてもやっぱり声は聞こえない。
 「じゃあ俺は行くけど…」
 唯の顔を心配そうな目で刑事さんが覗きこんでくる。親切な人だなぁと唯は口元に笑みを浮べた。

 「…大丈夫…かな?じゃあ」
 うっすらと笑みを浮べた唯にほっとしたように刑事さんが言って、唯はこくんと頷いた。
 「ありがとうございます」
 刑事さんは急いでいたのか唯から離れると小走りで去っていってしまった。
 それが少しばかり心細くなってしまう。

 あんな事聞いたあとで警察の人が傍にいてくれたおかげで落ち着いたけど、どうしたって唯には重すぎる事だ。
 聞こえてきた事柄を反芻しながら自分の乗り換えの線に向かう。そして途中で人とぶつかった時にはやはり声が聞こえてきて変な能力が消えたわけじゃなかったんだ、とがっくりしてしまう。

 でも、じゃあどうして今の刑事さんの声は聞こえなかったのだろうか…?
 
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