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追憶の彼方には戻らない 6

 そのまま返事をしようもなくて教室に戻るとクラスの何人かに武川と知り合い?と聞かれ曖昧に唯は返事するしかない。
 だってそんな知り合いというほどでもなくて今日はじめて話したのに…。それも昨日の事がなかったら話す機会なんてなかったはず。
 誰とも仲良くなんてなりたくなかった唯は悩みがまた一つ増えてしまった。

 それでも貰ったメモの航さんの電話番号が嬉しかった。
 きっと光流がいなければここまで気にしてもらえないとは思う。甥と唯がたまたま同じ学校だったから、なはずだ。
 かっこいいのにちょっと怖そうな感じのする航さんを思い出す。
 書かれた電話番号にこれでいつでも繋がれるんだと思えばほんの少しだけ唯の心が軽くなった。

 電車の中で聞いた殺人犯だろう人の事も言う気だったら直接航さんに伝えられる。それがほんの少しだけ唯を浮上させた。
 ただ、言った後にどんな事になるかは分からないけれど…。
 言ったって信じてもらえないかもしれないし。

 でもやっぱり書かれたメモを見て唯は顔を綻ばせてしまう。昨日からのずっとぐるぐるしていた頭の中も少しだけすっきりする。
 昨日たった一回会っただけなのに…ほんの数分の事なのに…。

 それだけなのに気にしてもらえたのが嬉しい。そして航さんは唯にとって特別な人かもしれない。だって触ったのに航さんの声は聞こえてこなかったんだ。さっきだってやっぱり光流の声は聞こえてきたし、今朝の電車でもやっぱり声は聞こえる。
 それなのに航さんだけは聞こえなかったんだ。

 もう一度会って確かめたいと思う。
 でも刑事さんで忙しいだろう…。事件は全然進展がないらしく、テレビでも連日報道されている。凶器も証拠も何も残っていないという。

 凶器は公園って…犯人であろう本人が言ってた。
 これを教えられたらいいのに…。
 匿名で電話する事も考えたけどそんなのきっとすぐにばれてしまう。それにどこでそれを知ったと問われたら唯に答えられるのだろうか?

 変な目で見られたくない。
 でも…。
 自分の都合と罪の意識の狭間で唯の心は揺れている。
 どうやったら唯の事をばらさないで教える事が出来るだろう?そんな事無理だ。でもやっぱり黙っておく事も出来ないかも、とは思う。

 だって…犯人の顔も唯は知っているのだ。
 やっぱり頭の中はぐるぐるしてしまう。
 今日の授業なんて全然頭に入ってこない。ただノートだけを義務のように取っているだけだった。
 頭の中を巡っているのは殺人犯だろう人の言葉と航さんだ。
 もう昨日からずっと。

 そんな事を考えているうちに授業が終わってしまい、唯は教科書を鞄に入れて慌てて教室を出た。昨日と同じ時間の電車に乗るためだ。もしかしたら昨日の殺人犯が乗ってくるかも、と勝手に思っていた。

 実際問題としてこの時間帯に普通のサラリーマンとかだったら電車で移動とかないはず。昨日の犯人もスーツを着て営業マンのような鞄を持っていたのだからたまたま乗っただけかもしれない。それでも今現在あの人が犯人だと分かっているのは唯だけのはずだ。

 どきどきしながら帰りの電車に乗り込んだ。そして覚悟を決めて入り口のドア付近に陣取る。昨日よりは混んでいなかったし人にあまりぶつかる事もなく唯は昨日の犯人の乗る駅まで気持ちを引き締めながら待った。犯人が乗ってきたら自分から近づこうと決めていた。接触しなければ何を考えているか聞こえてこないのだ。昨日で顔は覚えたし、きっと覚えられたはず。だったら昨日具合悪かったのを気遣ってもらってなんて事を口にしてでも接触しようと唯は決めていた。

 こくりと生唾を飲み込み、緊張に冷や汗がたらりと背中を伝う中、問題の駅に着き唯は目を凝らした。
 顔は覚えた。そして覚悟もしていた。
 なのに残念ながらそれらしき人はホームにはいなかったし電車に乗り込んでくる事もなかった。
 なんだ…と拍子抜けしてしまう。

 やっぱりこんな時間にサラリーマンっぽい人が乗ってくるのは普通はおかしいだろうから納得だ。
 それでも電車にはちらほらとスーツを着た人も乗っていて可能性は拭いきれないかも…と考える。
 このまま会う事がなければそれまでかも、と思いながらも凶器が見つからない、捜査が進まないという内容のニュースを聞けば自分が少しは知っていて黙っている事が後ろめたい。

 やはり言った方がいいのだろうか…?
 そう思いながらいつもの様に乗り換えの駅で唯は降りた。
 駅で航さんの姿がないかな、と思ったけれどやっぱりあるはずもなくそれにも唯はがっかりしてしまった。
 
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