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追憶の彼方には戻らない 8

 授業が終わればすぐに唯は帰るのが常だ。誰とも遊びに行く事もないし約束も何もない。
 今週は掃除当番で教室の掃除。当番の時もそれが終われば唯はいつもさっさと帰るのに今日は帰らずに残っていた。クラスまで光流が迎えに来ると言っていたからだ。
 「あれ?帰らねぇの?」

 前の席の加藤は陸上部で教室で着替えてから行くらしく制服を脱いでいた。下にTシャツを着ていてそのまま部活に行くらしい。
 「…ん…ちょっと」
 「紺野。ごめん遅くなった」
 唯が答えた所で廊下から光流の声が聞こえて唯はぱっと顔をそちらに向けると鞄を持った。

 「武川と帰るんだ?」
 「うん。じゃあまた明日」
 「おう」
 加藤は前の席だし結構話しかけてきてクラスでは一番話す。でもいつも余計な事も言ってこないし唯にはちょうどいい。

 いいけど、加藤も背が高くて、一緒に帰る約束をした光流も背が高い。どうして高校一年なのに身長が180とかまでいくのだろう?
 唯は165cmだった。もうちょっと伸びる期待はするけれどどうしたって180cmは無理だろう。
 光流と並んで廊下を歩いて学校を出て行く。

 「うーん。見られてる見られてる」
 くっくっと笑いながら唯の隣を歩く光流が笑っている。
 「…見られている?」
 「そ。紺野って全然自分の事に疎いんだな」
 「……疎い?」

 何がだろう?まぁ、いいや、と唯はもくもくと下を向いて歩くけれど隣の光流とは足の長さが大分違うらしく唯がちょこちょこ歩くのに比べて光流は悠然と歩いていた。
 ……なんか面白くない、と唯は密かに心の中で文句を言った。

 光流は余計な話なんかしないでただ唯の隣を歩き、唯はいつも自分が乗る車両から来た電車に乗る。光流は何も言わずにただ唯の後ろから一緒に乗った。
 「え、と…光流も電車…?」
 光流って呼んでと言われていたのでそう名前を口にした。

 「そう。でも朝も帰りも遅いのに乗ってるから。紺野とは会った事ないよね」
 唯は入り口のドア付近の手すりに掴まりながらこくりと頷いた。電車はそんなに混んではおらず、光流は唯が人と触れるのが嫌だと言ったからか唯には触れない距離を保って唯の後ろに立っていた。

 次の駅で人が多少乗ってきて混雑してくる。
 問題はその次の駅だ。
 あの犯人の乗ってきた駅。先週乗って来た時からもう一週間が過ぎようとしているがまだ会った事はなかった。もう諦め半分でいたのだが、目を凝らしてホームを見る。

 「う…そ…」
 いた!絶対そう!今日はスーツじゃなくてカジュアルな格好だ。
 同じ車両に乗るようにしているのかやっぱり唯と同じ車両に乗り込んできた。唯は手すりを離し、人に押されるふりをしながらその人に近づいた。

 「こっち…」
 光流が声をかけてきそうだったのを唯は振り返って首を振った。
 そして上手い具合にその人の隣に立って肩を体に接触させた。混んでてよかったとほっと唯は安堵する。

 〝つまんねぇな…もう報道もされなくなってる…前の時もそうだったが…また次しなきゃないか…?次はどうしようか…初めのが小指の爪、次が薬指、今度は中指だな。やっぱり爪の綺麗な女がいい…〟
 爪…?
 唯は顔を前に向けたまま隣の男の考えている事を聞くのに集中させる。
 〝こいつは可愛い顔してるけど男だしな…女子高生でもいいか…〟
 体が震えそうになってくるのを必死に我慢させる。

 〝警察も全然つかめてないらしいし。ざまぁみろ、だ〟
 男が心の中で笑っているのが分かる。
 〝次はどうやってやろうか…。その前にターゲットを見つけないとな。遊んでる、援交してる女子高生だったら楽かもな。次は中指。全部の爪を剥がすまで掴まる気はしねぇ。警察なんてちょろいもんだ〟
 唯は聞きながら顔色をなくしていく。

 「君、どうしたの?また具合悪くなった?この間もだよね?」
 「え?…あ、大丈夫です」
 男の声は優しげで丁寧だ。とても心の中であんな事考えているなんて誰も思いもしないだろう。
 〝男だけどやっぱ可愛いな…こういうのもありか?〟
 男に物色されているのが分かってさらに気分は落ち、倒れそうだと唯はくらくらしてきそうだ。

 「君本当に大丈夫?」
 こくこくと唯が頷くと光流が近づいてきた。
 「おい?大丈夫か?」
 「友達かな?じゃあ大丈夫だね」
 電車の中なので声は小さく、だ。唯が大丈夫だと頷いたとき電車は駅に到着し、電車を降りた。
 男は何事もなかったように電車から降りて去っていく。その後姿を唯はじっと見ていた。
 
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