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追憶の彼方には戻らない 10

 航さんの電話が鳴って航さんが話している。きっともうお仕事に戻らなければならないのだろう。
 「了解しました」
 そんな事を言って航さんが電話を切った。
 「まだ全然手がかりないんでしょ」
 「まぁね…」
 光流と航さんの会話に唯は聞き耳を立てる。

 「早く捕まえてよね」
 「お前の親父に言え」
 「親父は庁の方の指揮官。現場で動いてるのは叔父貴でしょ」
 「……ほんとヤな奴。可愛くねぇなぁ~。唯くんみたいに可愛いなら俺も構ってやるのに」
 「いらないね」

 叔父と甥が遠慮なく話ししているのが新鮮で楽しい。唯は両親とさえろくに話しをする事もないのだ。
 それに航さんが唯の事を可愛いと言ってくれるのが嬉しい。そんな事言われても嬉しくはないはずなのに航さんの口から出ると別のように聞こえて嬉しくなってしまう。

 「ごめん。行かないと」
 航さんが唯の前にまた屈んで唯の顔を覗き込んで言った。
 「はい…。あの…頑張ってください」
 「ああ」 
 航さんがさっと立ち上がろうとして唯は思わずまた航さんのスーツのジャケットの上着に手を伸ばして掴んでしまった。
 「ん?」

 「あ…す、すみません…」
 そろりと手を離すと航さんがくすりと笑って唯の肩をポンと叩いた。
 「携帯の番号コイツから聞いた?」
 「あ、の…はい…」
 「いつでもいいから電話して?この間から何か言いたそうだ。今日も時間あれば聞いてあげられるんだけど…」
 ふるふると唯は首を横に振った。

 言いたいけど言えない。でも言った方がいいのは分かっている。でも言ってもし航さんから変な目でみられたら…それが怖かった。
 「じゃ光流、唯くん頼むぞ」
 「別に叔父貴に頼まれなくともね!」
 航さんはくっと笑ってそして行ってしまった。
 ……やっぱり今日も何も言えなかった。

 唯が顔を俯けているとちょっと離れて光流が横に座った。
 「紺野って叔父貴の事好きなの?」
 好き?…好き?
 「ち、ち、…違うっ」
 だって男の人!
 あわわわとあわてながら頭を横に振った。

 「そんな真っ赤な顔して否定してもね…叔父貴結婚してないよ?」
 「え?あ、そ、そうなの?」
 それはちょっと嬉しい情報だ、と思ってしまってから唯は否定する。
 「今は彼女もいないみたいだし」
 「そ、そう…なの…?」
 「………なんだ、やっぱり嬉しそうじゃん」

 「そ、そうじゃ…ない……と思う…けど…」
 なにしろ声が聞こえない人が始めてなのだ。航さんが気になるのはただ単にそれだけだと思うんだけど…。
 「だってまだ…今日で二回しか会ってないし…」
 しかもどっちもほんの数分というだけだ。
 「そういうんじゃなくて…」
 でも航さんは特別だ。だってやっぱり触っても航さんの声は聞こえてこないから。

 「ふぅん。まぁ別に俺はいいけど。具合は?大丈夫?どうして紺野は人に触れるのが嫌なのに電車ではあの男にはくっついてたの?」
 「…え?」
 「自分から行ったでしょ?」
 叔父さんが刑事さんでお父さんも警察官らしい光流は唯の行動をちゃんと見ていたらしい。

 「…うん…ちょっと…」
 訳は話せない。
 「……何か事情あるのか知らないけど。あの電車のヤツには気をつけたほうがいいと思うけど?一見優しそうだけど絶対悪そう。分かってた?紺野の事嘗め回すように見てたよ?」
 「ま、まさか…」
 唯みたいなのでもいい、なんてさっきは言ってたけど…。

 「ホント。前にも電車一緒になった事あるの?」
 「…うん…前の時も具合悪くなって…」
 「ふぅん。絶対気をつけたほうがいいよ」
 「う、うん…その…ありがとう」
 人に親切にされるのはあまり慣れていない。しどろもどろしながら礼を言うと光流がくすりと笑った。

 「可愛いねぇ~…ホント。さて顔色ももうよさそうだね。大丈夫?」
 「可愛い…はないと思うけど…。具合はもう平気。あの…航さんも呼んでくれて…その…ありがとう」
 「まぁ、別にそこはいいけど。叔父貴もちょっとは気にしてたみたいだし。まだ気にしてるみたいだけど。何か言いたい事あれば直接電話しなよ。折角番号も教えた事だし。何か言いたい事あんだろ?」

 「あるんだけど…なかなか言えなくて…」
 「まぁ告白じゃねぇ…簡単に言えないだろうけど」
 「ち、ち、違うっ」
 唯は顔を真っ赤にしながら否定した。

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