「じゃあね。気をつけて」
駅に降りると男は唯の事など気にしていないかのように男は颯爽と去っていった。
そして神経を尖らせて疲れ果てた唯は三週連続でスロープで休む事にした。
どうしよう…。
動揺が激しすぎる。自分がまさか殺人のターゲットにされるなんて思ってもみなかった。
手も体も震えている。電車の中でよく我慢できたものだと自分を褒めたい。
やっぱり航さんに…。
でもこれを言ってしまったら航さんはどう思うだろうか?その前に信じてくれるかも疑わしい。
でも今度は自分が…。心構えがあったとしても体も大きくないし何かされても唯は抵抗も出来ないだろうと思う。光流みたいに体が大きくて、武道の何かでもしているなら…。そんな事を思っても身体は小さめだし、武道もしてないのだから仕方ない。
震える手で携帯と取り出した。
怖い。
犯人も怖いけれど、航さんに自分の事を知られるのも怖い。
電車の時間ずらせばいいだろうか?そんな簡単な事でいい?
でももし唯がターゲットをそれで外れたとしてもアイツはきっとまた誰かを…と考えるに違いない。
やめる気はないかもしれない。だって次は中指って言ってたから…。きっと掴まるまで繰り返すんだろう。
ドキドキと嫌な心臓の音と冷や汗を流しながら携帯を手に電話帳を開き、航さんの番号を表示させた。
もし航さんに変な目で見られても犯人が捕まればそれでいいじゃないか。
今までただ嫌われ呪われたかのようなこんな変な力が役に立つならそれでいいだろう。
意を決して表示番号をタップすると携帯からコール音がする。
『もしもし?』
ドキン、と心臓が跳ね上がった。
航さんの声だ…。その声だけでもほっとしてしまうけど、今はそんな事よりも言わなければならないことがある。
「あの…もしもし…紺野 唯…です」
『唯くん?今日は具合悪くない?』
「多分…大丈夫です」
でも航さん相手に電話してる今は心臓は動悸が激しいと思うけど…。
「あの…犯人を…知ってるんです…」
電話の話口を口で覆うようにして小さく囁くように言った。誰にもこんな事聞かれてはいけない。
周りをきょろきょろと見渡しながら人を確認するけれどとりあえずすぐそばには誰もいない。
『……何?どういう事?今どこにいる?』
航さんの怪訝そうな声が聞こえてきた。
「駅です。あの先週、先々週と同じスロープのところ…です」
『ちょっとしたら行くからそこで待っていてくれる?今外で車だけど近いから。10分位かな』
「…はい。分かりました」
電話が慌てたように切れた。すぐに航さんがここに来てくれるらしい。
その事にほっとしてしまって緊張が切れたように唯の体から力が抜けた。
まだ何も航さんには言っていないのに、むしろこれから自分にとっては嫌な事になるかもしれないのにそれでも殺人のターゲットにされた事はかなりのショックだったのだろうと思う。
航さんが来るまでに心の準備をしておかないといけない。
はぁ、と何度も溜息を吐き出す。心臓がさっきは怖くて動悸してたけど、今度は話さなきゃいけない緊張に包まれそうだ。
「ああ?成条のぼくちゃんどうしたの?」
ほっとして唯が顔を俯けていたら柄の悪い制服を着崩した4人に囲まれた。この制服…どこだっけ?あまり人事に感心のない唯は全然分からない。
「具合でも悪くなったの?介抱してやろっか?顔上げな」
「うわ!コレ男だろ!?かわいくね!?」
ぐいと顎を掴まれて上を向かせられた。
〝男だけどやってもいいな…〟
唯は思わず顎にかかった手を振り払った。
「なまいき~!」
四人に囲まれてはどうしようも出来ない。唯が手を払っても全然なんとも思っていないらしくニタニタと四人が笑っている。
「遊んであげるから来いよ」
「いやだ!」
腕を掴まれて振り払おうと手を振るけど今度は離れない。
「かわいい~!」
通行人もいるのに誰も助けてなんてくれなくて足早に皆去っていってしまう。
航さんが来てくれるはずだけど…もう何分経ったのだろう?どうしよう!
「離せ!」
「いやだね~。どうする?」
「可愛いよな」
もう片方の腕も別のヤツに掴まれ、顔を覗きこまれた。
「連れてっちゃう?」
「離せってば!」
腕を振ろうとしてもびくともしない。唯よりもずっと背も大きい奴らで体も頑強そうでは唯に叶うはずもない。
「警察だ!そこで何している!」
航さんの声!
「警察!?」
航さんの声に四人がわらわらと走って逃げていくと四人が逃げたおかげで視界が開け、航さんの姿が見えると安心して体の力が抜けそうになり足がもつれて崩れそうになった。
「唯!」
航さんの腕が唯の腕を掴んだ。
「大丈夫か?」
「……はい」
航さんが唯の腰に手を回して体を支えてくれた。
……大丈夫なんだけど…心臓がうるさい。だって航さんが近い!
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