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追憶の彼方には戻らない 13

 もう一度スロープの段差に座らせられ、航さんが来てくれた事に安心してほうっと唯は息を吐き出した。
 航さんはずっと唯が安心するようにか唯の肩を摩ってくれている。
 「あの…もう…大丈夫です…」
 「本当に?」
 「…はい」
 今のは本当に航さんが来てくれたおかげで全然平気だ。

 「光流は?」
 「今日は部活って…」
 「部活?…役に立たねぇヤローだな」
 航さんは光流相手だとちょっと口が悪くなるらしい。
 思わずくすっと笑ってしまうと航さんが唯の前にしゃがんだ。

 「本当に大丈夫か?」
 「はい。…それであの…」
 唯が殊更声を小さくした。
 「さっきの電話…どういう事だ?」
 「あの…誰にも聞かれないようなとこって…ないですか…?」

 「………車の中は?」
 航さんが唯をじっと見ながら小さい声で聞いてきて唯はこくりと頷いた。
 「じゃあ行こうか。外に車あるから。俺の同僚もいるけどいい?」
 なるべくなら航さんだけに、と思うけれど…。
 唯が頷けずにいると航さんが困ったように苦笑した。

 「口は堅いから大丈夫。ちょっと見た目はへらっとしてる感じするけど」
 航さんに言うなら見知らぬ人に言う位どうってことないかもしれない。今までも知ってる人や仲良くなった人に知られて奇異の目を向けられたからキツかったのだ。見知らぬ人に最初からこんな唯の隠し事を言うのは初めての事だ。
 いや、自分から人に言うのが初めてなんだ。
 唯は小さく頷いた。

 「ちょっと待って連絡入れる」
 航さんが携帯で今から車に戻ると告げている。
 「じゃ、行こうか」
 唯が頷いて立ち上がると航さんが唯の肩を守るようにして抱き寄せてくれる。

 ドキドキする。
 きっとさっきも襲われかけたみたいな事されたから?それとも事件の情報を持っていると思われているから?
 こんな唯を守るかのような体勢に心臓がばくばくとしている。
 でもまさか犯人を知ってるなんて唯の言葉をそのまま信じているはずはないだろうか?

 航さんからは体が触れていても何も聞こえてこないからどう思っているかなんて全然分からない。
 肩を抱かれながらそっと航さんを窺う様に見上げると高い鼻梁にりりしい眉に顎のラインもオトナの男って感じでドキッとしてしまう。
 「何?具合悪い?」
 「……悪くないです」

 二度も青くなっている所に出くわしたせいか航さんは唯を病弱とでも思っているのだろうか?実際は唯は滅多に風邪はひかないし健康体なのだけど。ただ見た目は確かに色は白いし細っこいし健康体には見えないかもしれない。
 航さんや光流に比べたら貧弱すぎる体型だろう。
 今日も航さんはスーツ姿で颯爽としている。仕事の出来る男って感じでかっこいい。

 唯はがくっとして頭をうな垂れた。
 これじゃ本当に光流の言う通りに航さんが好きみたいじゃないか…。
 だってドキドキするし…。
 でもそんな悠長な事言っていられない。今日、今から話したら嫌われる可能性だってあるんだから。
 はぁ、と航さんに気づかれないようにと思いながら小さく嘆息する。

 「ん?歩くのもっと遅くしたほうがいい?」
 「え?あ、いえ…大丈夫です」
 航さんの長い足と唯の足とでは速度は違うだろう。光流と歩いている時も思ったけれど唯はおもちゃのアヒルみたいにちょこまかと足を動かして歩いている感じだ。

 航さんの腰の位置と自分の腰の位置が全然違う。勿論身長も違うから仕方のない事だけど、でも航さんも光流もずるい、と思ってしまう。

 航さんに肩を掴まれたまま駅を出た。
 「横断歩道渡った先に車あるから」
 「はい」
 横断歩道を渡って路駐してあった車に連れて行かれる。

 車は覆面パトカーらしい。見た目は普通のセダンの車だったけど、中は色々装備がついていた。
 そして運転席には一人乗っていて、後部座席に航さんと並んで座った。
 「はじめまして。小木です」
 「…紺野 唯です」
 運転席から人懐こそうな人が振り返って挨拶してきて唯もそれに答えた。

 「…先輩、光流くんと同い年って言ったよね?」
 「そうだけど?」
 「……ふぅん…。なるほど。先輩が心配心配言うのよく分かったわ」
 「だろ?」
 光流のお父さんも警察って言ってたし光流も将来は警察に入るって言ってたしでこの人も光流の事は知っているらしい。

 「今日はその光流はいないらしい。おかげで唯くんはチンピラみたいなガキどもに絡まれてたぞ!」
 「今?」
 「そう!ったく!肝心な時にいねぇ役に立たないヤローだ」
 でも光流がいたらきっと航さんに電話する事はなかったと思う。光流に知られたくないし…。
 「あの…」
 意を決して唯は顔を上げ言葉を発した。
 
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