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追憶の彼方には戻らない 15

 「唯くん、今のをもう一度、今度は上に…っていうか光流の親父なんだけど、話せないか?」
 航さんが唯の肩を掴むと唯の目をまっすぐ見てそう言ってきた。
 その唯に向ける航さんの目は全然普通だ。
 「あ、の…」

 「今掴まるか電話してみますね」
 小木さんが電話をかけ始める。
 「…いい?やだ?嫌ならやめるけど」
 「いい…です」
 唯はこくりと頷いた。

 「今の事…というか、その人が思ってる事が聞こえるって誰にも言った事ない?」
 「…ないです。…でも小さい頃は全然人と違うのが分からなくて…。聞こえるのが普通だと思ってたから…気味悪がられて…何度も引越ししたり…今はそんな事自分から言わないし…自分から誰かと仲良くなろうとか思ってないから…」
 航さんが唯の頭をよしよしと撫でてくれる。

 「偉かったね」
 偉くなんかない…。 
 唯の目が潤んできた。
 だって自分のこんな変なの知っても航さんは全然変わらなくて…。

 「僕嘘言ってるかもしれないですよ…?」
 どうして航さんは信じてくれようとするのだろう?
 「唯くんは嘘はつかないだろ。もし嘘だとしてそんな嘘ついてなんのメリットが唯くんにあるのかな?ないだろう?」
 「先輩、捕まりました。本庁」
 「行こうか」
 「承知」

 どうしよう…泣きたい。
 だってまさか…。
 「唯くん…親御さんはその唯くんの事知ってるの?」
 航さんが唯の肩をまた包んでくれるようにして体を引き寄せられた。

 「…知ってる…んだと…小さい頃からだったし…でも今はあんまり親とも話もしないようにしてるから…」
 だって気味悪い子って思われてるんだ…。
 どうしてこんな子になっちゃったのって…。
 航さんが唯の肩を抱きしめながら摩ってくれ、それ以上は何も聞かれなかった。
 小木さんも何も言わないで車を走らせるだけ。
 航さんも小木さんもどう思っているかなんて唯には分からなかった。

 でも今は航さんの手が体温を伝えてくれる。こんな風に誰かに抱きしめられるなんて…もう物心ついたころからなかった事だ。
 親も気持ちも全部聞こえてきて口で言っている事と思っている事が違うのが嫌だった。それを何度も指摘するうちに両親は腫れ物を触るような態度になったんだ。
 それが…今は他人の温もりに唯は震えた。

 航さんだけは唯にとって普通の人だった。これが普通。
 なのにどうして今航さんがどう思っているかを知りたいと思うのだろう?航さんの声も聞こえたらよかったのに、と思ってしまうんだろう?
 潤んだ目を必死に唯は涙が零れないように我慢した。

 「すぐ着いちゃうけど…大丈夫かな…?言いたくないのを無理していう事もないんだよ?」
 「…だい、じょうぶ…です」
 優しい航さんの声に唯は小さく首を横に振った。
 ここまで来たらもう誰に言っても同じことだろう。学校とか近所に知られなければいいだけだ。
 …多分。

 「守ってあげるからね。安心して」
 ぱっと唯は顔を上げて航さんを見た。
 「うん?なんで不思議そうな顔?当然だろう?」
 「甘い!先輩甘いっす!っつうかダレコレ?って感じですけど?光流くんみたら砂吐きますよ!間違いなく」

 「お前は黙っとけ」
 「は~い」
 小木さんの口調も変わらない感じ。
 どういう事なんだろう。
 現実じゃないんではと思うような気持ちのまま車に揺られていた。
 

 人目につかない方がいいと唯は航さんと一緒に非常口から小木さんの誘導で署内に入った。
 「光流が一緒だったらなんの違和感もないんだろうけどね」
 航さんが苦笑しながらも唯を隠すようにしてやっぱり肩を抱かれたまま歩いた。
 なんかずっと航さんにくっ付きっぱなしなんだけど…。
 それがちょっと恥ずかしいような照れくさいような、と緊張しなきゃない時なのに余計な事を考えている。

 どうにもさっき航さんに吐き出した所為か唯の心は落ち着いていた。
 「唯くん緊張しなくても大丈夫だからね」
 小木さんも優しく笑顔で言ってくれる。
 航さんみたいに硬質な感じではなくてさばけた感じだ。きっと航さんとはいいコンビなのだろう事は印象の違う二人を見ているだけでも分かりそうだ。航さんが脅し役で小木さんが宥め役なのだろう。

 ちらと唯は航さんを見上げる。
 身長は何センチなんだろう?20センチは違いそうだけど…だとしたら185以上?光流よりも背ちょっと高かったし…そうかも…と唯は一人で納得していた。
 
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