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追憶の彼方には戻らない 21

 結局部屋は航さんが泊まるときに使うという部屋の向いにしてもらった。
 いいけど二階にも何部屋あるのか…。
 まさか数えて回るわけにいかないしおとなしくしてるけど。

 明日も学校があるし休みなさいという航さんの一言で光流の部屋からお開きになった。
 パジャマも着替えも貸してもらった。
 …というか光流が着なかった服達らしいけど。中学校の時に一気に身長があれよあれよと伸びていって着られる事なく仕舞われていた物らしい。
 身長が伸び悩みの唯には羨ましい話だ。

 「また明日ね。おやすみ」
 光流の部屋を出て唯の休む部屋の前で航さんが優しい声で挨拶してくれる。
 「おやすみなさい。あの…」
 「ん?」
 「色々…ありがとうございます。いっぱいありすぎて…もうどれにお礼言っていいか分からない位」
 航さんにぺこんと頭を下げた。

 「礼なんかいいんだよ。こっちこそ…。行き詰っていたのに一気に犯人まで限定されたんだから」
 唯はふるふると首を横に振った。
 変な能力の事だけじゃない。個人的にもだ。
 聞こえない人がいるというだけで世界からただ一人異端のような心許ない気持ちだったのが航さんのおかげで生きていていいと思える位になったのだ。

 今までは早く消えたいと思ってばかりだったのに…。
 「明日…唯くんの家に必要な荷物を取りに行きながら唯くんのお母さんにちゃんと説明しようか」
 「え!?…いい、です」
 唯は顔を俯けて小さく答えた。
 「心配していると思うよ。ちゃんと説明して安心させてあげたほうがいい。お母さんもその力の事を知っていて悩んでいるだろうからね」

 「……その方が…航さんはいいと思う…?でも…僕…上手く説明出来ないと思う」
 「…俺がするからいいよ」
 「でもっ」
 いくらなんでもそこまで航さんを煩わせるにはいかない。
 「多分だけど…。これから警察の要請に協力してもらう事が出てくるかもしれない。その時の唯くんの担当は俺だと思うよ?」

 「…え?」
 「なるべく人には知られないほうがいいからね。だからこれからの事も含めて、という説明だから」
 「あ、そ、そうですか…あの…じゃあよろしくお願いします」
 またぺこんと頭を下げておやすみなさい、ともう一度言って部屋に入った。
 …仕事で、か…。そりゃそうだ。

 「ばかみたい…」
 自分が航さんの事を特別でも航さんは別に何もしてないんだから特別なわけじゃない。
 たまたま光流と同じ高校で…光流とも友達になったから、それで親切にしてくれているだけだ。それに今日は力の事もあって。
 航さんの役に立つならそれでいいけど…。
 いいのに…心がもやもやとしてしまう。

 「寝ちゃお」
 ベッドもふかふかで気持ちいい。
 こんな立派な所に泊まるなんてそうそうないだろうから満喫しないと、なんてホテルに泊まってる気分を味わっているうちに瞼が閉じてくる。
 まだ布団の中に入っていないのにもう体は動きそうもない。
 だって今日一日で色々な事がありすぎて、よく自分の頭が飽和状態にならなかったもんだ、と褒めたい位だ。

 布団に入んなきゃ…と思いながらすぅ、と唯は意識が遠のいていく。
 コン、とドアがノックされ航さんの声で唯くん?って、声がかけられたのが聞こえた。何か言い忘れた事でもあったのだろうか?
 返事をしたいのに出来なくてどうしようと思いながらも意識はもう半分以上沈みかけていた。
 「唯くん?」

 かちゃりとドアの開く音がした。ああ、唯でいいよ、って言いたかったんだ。光流にも。
 「あれ…?もう寝ちゃった…?」
 くすりと航さんが笑ったのが気配で分かって起きてる!と言いたかったのにやっぱり口も体も動かない。
 「布団にもはいらないで…風邪ひくよ?」
 航さんの声が甘く響く。

 え?
 体がふわりと持ち上がった。
 動けない唯の体を布団の中に入れてくれるらしい。
 ……まるきり子供じゃないか!
 でも航さんの体温は気持ちいい。声も目も…全部…。
 航さん…と呼びたいのにやっぱり声も出ないし目も開かない。頭は寝たわけじゃないのに…。よほど疲れたのだろう。

 「今日は疲れたね。ゆっくりおやすみ。いい夢を見られるように…」
 唯の体をちゃんとベッドに寝かしつけてから航さんが小さな声で唯の耳元に囁いてくれる。いい声…。聞いてるだけでじんとしそうだ。
 そして航さんが離れていくのが分かった。ドアが静かにパタンと閉まる音。
 それが無性に寂しく感じてしまった。

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