「おはようございます…」
そろりと階段を下りてダイニングの方に唯は顔を出した。
航さんはダイニングテーブルで新聞を広げ、光流のお母さんは忙しそうにぱたぱたと動いていた。
「おはよう。唯くんちゃんと眠れた?」
「あ、の…はい。すぐに寝ちゃいました」
唯が答えるとおばさんにくすくすと笑われた。
「顔洗ってきてちょうだい?場所、もう大丈夫でしょう?適当に使ってくれていいからね」
「…えと、はい」
歯ブラシなんかも昨日出してもらって洗面所で顔を洗ってそれらを使った。人が来るのが常なのか歯ブラシセットみたなのがいくつもあるらしい。
寝ぼけてはいなかったけど、顔を洗えばしゃっきりしてそれらを終えるともう一度ダイニングに向かった。
「あのお借りしました。それとシャツもありがとうございます」
「いいのよ~」
光流のお母さんは鼻歌交じりのようでぱたぱたとリズムよく動いている。
「でも起こされる前に起きるなんてえらいわねぇ~。光流なんて起こしても起こしても起きないのに!お家でもちゃんと起きるの?」
「…はい」
なるべく母親の手を煩わせたくないのでいつでもちゃんと起きるようになった。少しでも接触も話すのも減らしているから…。
「光流起こしてきてくれる?」
「はい」
「起きなかったら殴っても蹴ってもいいよ~?ほんっとに起きないから!」
「……そんなに…?」
「そんなに!毎朝起こすの大変なの!」
唯は毎朝光流がお母さんに起こされてるなんて、とおかしくて口を押さえて笑ってしまう。
半分笑ったまま光流の部屋を目指した。
コン、とノックしてから光流の部屋に入るとベッドにこんもりと山が出来ていた。
「光流?おはよう」
ゆさゆさと山を揺らすとがば!っと光流が起き上がった。
「え!?……あ…紺野…?あ…ああ……おはよう」
寝ぼけていたのか目を白黒させていた光流がどうして唯がいたのか思い出したらしい。
「…なんだつまんない。すぐに起きた」
「ん?」
ふわぁと光流が盛大な欠伸を漏らしている。
「光流のお母さんが起きないって言ってたから」
「ああ…いつもはね。もうちょっともうちょっとってぎりぎりまで寝てる」
くっと光流が笑っていた。
「えと…そのね…呼ぶの名前でいいよ?」
「唯くん?」
「くんもいらないってば…」
「唯?」
うん、と小さく頷くと光流が唯の手を引っ張ってきて光流のベッドに倒れ込むと光流がぎゅっと唯を抱きしめてきた。
「う、わっ」
「可愛い!」
〝嬉しい〟
「あ、ダメだってば!」
聞こえちゃう!と唯はじたばたする。
「…おい、こら。またセクハラか」
光流の部屋のドアにもたれかかって航さんが呆れた声を出していた。
「違います。コミニュケーション」
「や!ダメだってば!航さんっ」
助けて、と唯が声を出すと航さんが唯の体を光流から引き剥がせてくれた。
ふぅ、と溜息を吐き出し航さんの腕を掴んだ。
「起きたな」
「起きました~」
航さんが確認の声を出して光流が答えた。
「じゃあさっさと着替えて降りて来い」
「はいはい」
おいで、と航さんが唯の背中を押して光流の部屋を出た。
「はぁ…びっくりした」
「唯くん、きつく言わないとアイツは増長するから嫌なら嫌ってはっきり言っていいからね?それでアイツはめげることもないし。分かった?」
「…はい。えと…あの…航さん」
「ん?」
階段を航さんの後ろから下りていく。
「その…くんって…いらないです」
「……名前?」
「はい。あの…駅でも唯って…言ってくれた…し…」
なんでこんなに照れくさいのだろう。
「じゃあ二人の時はね」
航さんが後ろを振り返って目で微笑んでくれた。
いいけど…二人の時はって!
「ああ、光流は例外でもいいかな」
くすりと航さんが笑っているのが嬉しい。
「唯、おいで」
階段を下りて手を差し出されて思わずその大きな手に自分の手を重ねた。
航さんに言われたらなんでもいう事を聞いてしまいそうだ。
唯、って呼ばれたのが嬉しい。くんなんてつけて呼ばれるとまるで小さい子供の様に思えていたから。光流のお父さんやお母さんに言われるのは平気なのに、航さんには嫌だった。
ダイニングまで航さんの手は唯の手をぎゅっと握ってくれていた。
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