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追憶の彼方には戻らない 26

 授業が終わって帰る間際に携帯に電源を入れたら航さんからメールが入っていた。
 帰り電車で光流と学校を出るように、と後ろからちゃんとついていくから安心して、とも書かれていた。
 分かりました、と返信している間に光流が来た。
 「帰るよー」

 唯のクラスのドアの所でわざとらしく光流が大きい声で唯を呼んでいた。
 「そんな大きい声でなくとも…」
 抗議するように唯が言えば光流がにやっと笑う。
 「だって気持ちいいんだも~ん。睨まれる睨まれる」
 「……睨まれる?」
 誰に?

 頭を捻るけど唯には意味が分からない。
 「そんな事よりも…アイツ電車に乗ってくるかもしれないらしいから気をつけて」
 アイツって…犯人だろうか…?
 金曜日は学校の終わる時間が早いし会った事もないけど。

 「動いたらしいから。偶然を装って…はありでしょ」
 光流は表情はいつもと変わらないようににこにこで声は低く唯に聞こえるだけの小さな声で話している。
 すごいな、と思わずじっと見てしまう。
 唯だったらどうしよう、と慌ててしまうか、動揺して落ち着かなくなると思うけど。

 「叔父貴も小木さんもちゃんと後ろからほどほどでついてくるはずだから安心して。でも後ろ振り返っちゃダメだよ」
 「…うん、大丈夫」
 一人で電車で対峙していた事を思えば今は一人で抱え込まなくていいので全然心情的にも楽だった。

 学校を出て駅に向かうが昨日よりはやっぱり気が楽だ。昨日はどうしたらいいか分からないまま電車に乗り込んだけれど今日はちゃんと分かってくれている人が傍にいてくれるんだ。
 駅に着いて光流と試験の範囲がどうとか、学校の話題で話をしていた。
 してるんだけど、心は全然話の方に向いていない。本当は振り返りたいしきょろきょろと周りを確かめたい。

 …航さんが本当に近くにいるのか。
 ダメ、って自分に言い聞かせていると光流がくすっと笑った。
 「気散らかしててもいいけど、話してるふりだけしといて」
 唯が航さんを気になって仕方ないのが光流にはバレバレだったらしい。

 「そんなに叔父貴がいい?」
 「……いいとか悪いじゃない…んだけど…」
 恥かしくなって顔を俯けた。
 光流が携帯を取り出した。着信があったらしい。

 「唯、入り口よりちょっと奥に、だって」
 いつも唯が入り口のすぐ傍に立っていたけど、それよりも奥に立てという事らしい。
 電車が来て光流に目で指示されるように座席の角当たりに立った。すると後ろから乗ってきた航さんが唯のすぐ隣に立った。

 目を向けたくなるけど我慢して航さんとは反対側のちょっと後ろに立っている光流の方を向くようにした。
 そして視界には小木さんまでいたのが見えた。
 電車はそれなりに混んでいて航さんがくっ付くように立っていても気にならない位でほっとしてしまう。

 「唯、誰かから何か聞かれなかった?」
 「何が?」
 「できた、とかそういうの」
 「あ、…前の席の加藤に聞かれたよ?そんな事あるはずないのにね」
 「………そうね。ないけど…ちょっと俺的にはガックリする気もしないでもない…」
 「…なんで?」

 「なんでも。…ま、いいけど」
 「泊まってた、というのは言ったよ?」
 「うん。嘘ついても仕方ないからね」
 光流が頷いたのでほっとする。
 光流と話してるけど気になるのは航さんの方だ。体の半分の意識の全部が航さんに向いている気がする。
 がたんと電車が揺れて航さんの方に体が傾いてぶつかった。

 「あ、すみません…」
 「いや」
 思わず顔を向けてしまって視線が合ったけど咄嗟に小さく謝った。
 航さんだ…。
 すぐに視線を光流の方に戻したけど光流が唯の顔を見てにやっと笑った。

 「……何?」
 「なんでもないですけど~」
 ふざけた光流の言い方にむっとしたふりをする。
 唯は怒ったわけじゃなくて照れくさかっただけだ。
 航さんの顔が見られて、ちょっとでも言葉を交わせたのが嬉しかったから…。
 そんな唯の気持ちを光流は悟ったんだ。

 でもこんな…ちょっと話しただけでも嬉しいって…変なの。昨日からいっぱい航さんといるのに。話もいっぱいしたし、手さわったりとかもいっぱいしてるのに、こんなちょっとの事でもやっぱり嬉しいと思ってしまうなんて。
 「……やっぱ変…」
 小さく誰にも聞こえないように呟いた。
 
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