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追憶の彼方には戻らない 27

 いた!
 いつも乗ってくる駅に犯人がいた。
 唯を見ておや?という表情を作る。
 「奇遇だね」
 大沼という航さんからの情報の人は光流を押しやるようにして唯の隣に立ちにこやかに声をかけてきた。
 唯は小さく頭を下げる。

 「いつもはこんな時間に乗らないんだけどね」
 〝距離を詰めていかないとね。警戒されたら面倒だし…そんな事ないか。まさか私が殺人犯なんて思っているはずもないだろうしね〟
 腕が触れている傍から笑いを含んだような声が流れ込んでくる。

 「今日も会議とか打ち合わせですか?」
 「そう。役員もね、なかなか色々仕事があるんだよ」
 「……役員って…若いのに…すごいですよね」
 「全然すごくはないけどね。親の会社だからね。放蕩息子なんだよ」

 見ただけでは誰も殺人犯になんか見えないだろう。ノーブルな感じでインテリだ。物腰も上流の匂いがしそうだし、見た目でも金持ちそうと唯でも分かる。

 〝この子はどうしてくれようか…こんな清純そうな純朴な子はどういった声を出すのだろう?抱いた時も殺すときも。女は甲高い声で騒ぐから薬を使ったが…うちの主治医だしばれるはずもない。遺体を運んだのも私じゃないから足もつかないし。ああ…また仕事の依頼をしておこうか。この子はどこに放置させようか…今度はちょっと離した方がいいだろう。あまり自宅近辺でもマズイからな…〟
 唯は黙って男の考えている事を聞いて心に留める。聞き落としがないように。

 「今日も偶然だったからきっとまた会うかもね」
 「…そうですね。木曜日だけかと思ってた」
 唯は動揺しないようにと自分に言い聞かせながらにこりと笑みを作る。
 大丈夫。今何かしようとは思ってないんだから。それに航さんも隣にいるんだ。
 ちょっとだけ不安になっていたらそっと航さんの体が寄ってきて唯の体に腕が触れた。
 それに勇気を貰う。

 「じゃあまたね。来週はもしかしたら今の時間位に動く事が多くなるかもしれないから会う確率が高いかもしれないよ」
 「そうなんですか?」
 〝そうしないと捕まえられないからね〟
 男は電車を降りて去っていき、唯も電車から降りて男が振り返らないか見ていたけど姿が見えなくなったのにほっとし、疲れてはぁと溜息を吐き出してしゃがみ込んだ。

 「唯…大丈夫?」
 「…うん…」
 光流が声をかけてきて唯は立ち上がった。
 「…なんか言ってた?」
 「うん」
 表情を硬くしながら唯は頷いた。

 「唯くん、おいで」
 航さんが光流の立っていた反対側から声をかけてきて唯はぱっと向けた。
 「あ、あ、の…話して…」
 いいの…?

 「いいよ。もうあの男は会社に行ったらしいからね。マークしている捜査官に確認したよ」
 航さんが唯の肩をぽんと叩いてくれる。そうすると唯ははぁと溜息を吐き出した。
 「ここからは車で移動しようか。先に小木に車を取りに行ってもらってるから」
 「え?そういえば朝車だったのに…?」
 電車にも小木さんが乗っていた。

 「唯くんが学校の間に別な人に取りに来てもらってまたここまで持ってきてもらったんだ。さぁ、行こうか」
 あらかじめどこに車を持ってくるか打ち合わせしてあったらしく航さんは唯を守るように隣に立って唯の腰を支えるように後ろから手を副えられた。 
 早くここで言ってしまいたいけれど誰が聞いているか分からない所ではだめだ。
 航さん…。

 守ると言ってくれた航さんを見上げ、密着するように隣を歩く航さんの上着の裾をそっと掴んだ。
 唯一触れても大丈夫な人…。
 その人から守るなんて言ってもらえるなんて信じられない位だ。それに…、と反対側をちょっと離れて歩く光流に視線を向ける。

 「何?唯、大丈夫?」
 「…うん。平気」
 にこりと唯は光流に向かって微笑んだ。
 こんな変な力の事を知ってもなお傍にいてくれる友達だ。
 航さんに連れられて駅の外に出ると、路肩に停まっていた車まで連れて行かれた。
 すでに小木さんが運転席に乗っていてここまで車を持ってきただろう人の姿はもうない。

 「光流、前」
 航さんが声をかけると光流が助手席に乗りこもうとした。
 「え…あ…っ!あの大丈夫ですっ」
 唯がずっと航さんの服を掴んでしがみつくようにしていたからだ、と唯が慌てて手を離したが、いいから、と航さんに後部座席に押し込められてしまった。
 「唯くん、…あの男の考えている事…聞こえた?」
 隣に座った航さんの顔を見ながら唯はこくりと頷いた。
 
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