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追憶の彼方には戻らない 29

 「一度光流を家に置いてそれから唯くんの家に行こう。お母さんは在宅か?」
 「パートに行ってるけど…もう少しで帰ってくると思います」
 携帯で時間を確認しながらそう言うと航さんが頷いた。
 「しばらく唯くんには不便だと思うが…」
 「いえ」

 「唯しばらくうちで生活?」
 光流が嬉しそうに声をはずませた。
 「…ごめんね」
 迷惑だとは思う。光流にも光流のお母さんにも。

 「全然!叔父貴がついてくるのがいらないけど」
 そんな事言ってるけど光流が航さんと仲良しなのは見てれば分かる事だ。
 車が光流の家に着いて光流を下ろし、じゃあ後で、と唯は車に乗ったままで手を振った。

 「唯くん、だいたいの住所は分かるけど近くなったら教えて?」
 「はい」
 運転する小木さんに言われて勿論頷く。
 「唯くん、お母さんに電話は?」

 「いえ。多分いると思います。あんまり出かけたりとか…しないから。近所づきあいとかもしないようにしてるし」
 自分のせいで、と唯が顔を俯けると隣に座ったままの航さんが唯の膝をぽんぽんと慰めるように叩いてくれる。
 どうして航さんはこんなに優しいのだろう?勿論唯に同情してくれているから、というのは分かるけど。
 家が段々と近づいてくると気が重くなってくる。航さんや光流といる方がずっと精神的に楽なんだ。

 「ちゃんとその力についてご両親と話した事は?」
 航さんに聞かれて唯は首を横に振った。
 「ないです。……きっと確認するのが怖かったんだと思う。…僕は僕で…気味悪いとか、怖いとか…聞こえちゃったら…」
 「………何歳位から?」
 「……喋って…言葉の意味とか分かるようになってからは…」
 ほとんど触れてないと思う。

 航さんが眉を顰め、眉間に深く皺を刻んだ。
 「あの、別に平気です」
 唯は慌ててそう言った。
 「唯くん、平気なんかじゃないでしょ」
 運転している小木さんが溜息を吐き出しながら言った。

 「でもホントに…小さい頃からそうだったから…慣れてるし」
 小木さんも航さんも黙ってしまって却って唯のほうが申し訳なくなる。
 「あの…本当に平気…。今は航さんいてくれるし…光流も…いるし」
 それだけでも破格だ。ちゃんと分かってくれる人がいるというだけで大丈夫と思える。

 「僕も入れてもらえないかな?」
 小木さんがくすりと笑いながら言った。
 「唯くん、尊敬するよ?一人でずっと頑張って来たなんて…。これからは近くにいる大人に甘えていいよ。先輩や僕でもいいし、光流くんのお父さんでもいい。我儘言っても大丈夫…といっても唯くんは言わないんだろうな…もっと子供でもいいと思うんだけど」

 小木さんにまでそんな事言ってもらえるなんて思わなかった。
 尊敬なんてこんな子供に言える人がすごいな、と思える。
 「…ありがとうございます」
 そういえば小木さんの心だって読んだのに小木さんは変な目で唯を見たりはしなかったんだ。

 道路が混んでいて車に乗っている時間が長くなったけれど唯の事を理解してくれている人と一緒の空間は家にいるよりもずっと精神的に楽だった。
 自宅に近づくとかえって緊張してきてしまう。
 そんな唯の事が分かったのか航さんが大丈夫、と小さく声をかけてきてくれて唯はこくりと頷いた。

 「俺がちゃんと説明するから安心して」
 「…はい」
 一見強面のように見えるのに航さんの目はいつも優しい。
 「…でもすみません…」
 自分の事で航さんまで煩わせてしまうんだ。

 「謝らなくていいって言ったでしょ?」
 「あ…はい…。仕事の一環ですよね」
 「………まぁ…間違いじゃないけど」
 ぷっと小木さんが笑っている。なんで?
 「唯くん、素直で可愛いなぁ~。勿論顔も可愛いけど」

 男に可愛いという言葉は褒め言葉じゃないと思うんだけど、と唯はちょっと臍を曲げそうになる。なんか光流にも航さんにも言われたけど…。そりゃあ唯は背も大きくないし体も貧弱だけど。
 隣の航さんを見ればそんな事言われても仕方ないか、と溜息が出てしまう。光流も背が高いし、小木さんも二人ほどじゃないけど唯よりは大きいし体もしっかりしてる。

 「航さんって身長いくつですか?」
 「187」
 「……何食べたら大きくなるんだろう…」
 「やめて!唯くんはそのままでいいよ」
 小木さんが唯の呟きに反応してそんな事を言った。
 このままはいやだな、と憮然としてしまうと隣で航さんがくすっと笑ったのが分かった。
 
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