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追憶の彼方には戻らない 30

 家に着いて中まで入ってきたのは航さんだけだ。
 リビングのソファに航さんと並んで母親は向かい側だ。家は古い貸家だった。唯の所為でいつ引越しするか分からないのでいつも貸家やアパート暮らしだった。それでも唯が大きくなった今はもう余計な事は言わないし大丈夫だと両親に言ってやりたいがそういう話もした事はなかった。

 いつでも両親は唯の事で不安を抱えているのだと思う。
 「武川 航と申します。刑事です。昨日唯くんが泊まった家の武川 光流の叔父になります」
 「…はぁ」
 母親は落ち着きなくおどおどした目で唯と航さんを交互に見ていた。確かに刑事なんて言われたら落ち着かないのも当たり前だと思う。

 「お母さんは唯くんが人とは違う事に気づいてますよね?」
 びくんと母親が震えた。
 「あ、安心なさってください。怖がらなくとも大丈夫です。実は唯くんに警察に協力していただきたいと思いまして挨拶に伺わせていただいたのです」

 「……協力?」
 怪訝そうな目で唯を見て航さんを見る。
 「実はすでに唯くんから協力はいただいている状況です。ニュースで報道されている殺人事件の犯人検挙に協力いただいてます」
 唯は母親がどんな反応をするのか怖くて唯は顔を俯けた。

 「唯くんが犯人と思われる人物とたまたま電車が一緒になったらしく、その犯人の心の声を聞いて私に相談してくれました。そして今は唯くんがその犯人にどうやらターゲットにされたらしく…」
 「え!?」
 「大丈夫です。唯くんの身柄の安全は保証いたします。何があってもお守り致しますので」
 「そう…ですか」
 ほうっと母親が溜息を吐き出しているのが聞こえる。

 「それで昨日は唯くんの友達でもある武川 光流の家に泊まっていただきました。というのも光流の父親も警察官でゆくゆくは警視総監になるだろうといわれております。そして家のセキュリティもしっかりしているんです。ですので、唯くんの安全が確保できるまで武川家で唯くんを預からせていただきたいのですが…」
 「唯は…大丈夫なんですか?」

 「勿論です。私ともう一人、今車で待っております小木という者としっかり唯くんをお守り致しますので」
 航さんが澱みなく言えば任せて安心に見えるはずだ。
 「それと、今回の事件以降も唯くんには警察に協力願いたい、と上層部でも考えております。そしてゆくゆくは警察に入っていただきたい、と。ただ特殊な能力という事で表向きには出ないようになっていますが…」

 「それは…唯がよければ…私がどうこう言うものでも…」
 「僕はそうするつもり。自分が役立つならそれでいいと思ってる」
 「………お父さん…主人にも言っておきます」
 「ただこの件に関しては今すぐにどう、という事ではありませんのでご家族で話し合ってみてください。今は唯くんの身が危険に晒されている状態ですので」

 「分かりました。あの…唯をよろしくお願い致します」
 「勿論です。唯くん、荷物詰めておいで?」
 「…はい」
 航さんに言われて唯は立ち上がると自分の部屋に向かい大きなバッグに服や教科書を詰めていく。

 母親の顔をろくに見られなかった。どんな表情をしているのか見るのが怖かった。
 一応狙われていると聞いて心配はしたみたいだけど、唯がいないほうがいい、なんて顔をされたら二度とここに戻ってきたくなくなる。
 …だから見なかった。

 今リビングでは航さんは唯の母親と二人だ。きっと航さんはもっと色々唯の事を説明しているだろう。
 航さんの声は聞こえないとか、光流はそれでも友達だとか、きっと、多分話してるのかも…。
 今回の事で両親が安心してくれれば、とも思う。
 自分のせいでずっと迷惑をかけてきた。安住の地なんてなくていつも怯えていたような生活だった。

 それでもやっと高校生にまでなって、唯が大学と同時に家を出れば両親はもっと安心するのではないだろうか?
 ここに引っ越して来たのは中学二年の時だ。
 別にその前の学校で何があったわけではなかったけれど、一箇所に長く住む事はほとんどなく、ここに引っ越してきてからは唯は特に一人でいるように気をつけたし、今までで一番長く住んでいる事になる。 
 今までの事は唯のせいなんだ。…全部。
 
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