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追憶の彼方には戻らない 33

 それにしても光流も小木さんも唯の事を知っているのに簡単に唯に触れてくるのが不思議で仕方ない。
 そんな事考えながらも、航さんが着替えを準備し終わると車に戻り、光流の家へと向かう。
 「明日明後日はすまないがどこにも出かけないように」
 航さんの言葉に唯は頷いた。

 「あの…それはいいんですけど…光流にも光流の家にも迷惑だと…」
 絶対迷惑だと唯は思う。
 「迷惑だなんて思ってないから大丈夫だ。むしろ光流は唯の秘密も知ってそれでも友達という位置が嬉しくて仕方ないようだし」
 …そうだろうか…?

 隣に座っている航さんを唯は見上げた。
 「小木、後ろ、大丈夫だな?」
 「大丈夫です。今のとこ異常なしです」
 異常?なにが?と唯は航さんと運転する小木さんを後部座席から見ると、バックミラーで小木さんと視線が合った。

 「尾行する車とかないか?って事だよ」
 小木さんが唯に説明してくれた。
 「び…尾行…?まさか…」
 「ありえるよ。本人じゃなくとも人を使ってできるだろう?犯罪の一環も手伝わせている位らしいからいくらでもそういうことをしそうだろう?」
 小木さんの説明に確かに、と頷いた。でもそんなのって一体どういう人に頼むのだろう?と唯は首を傾げる。

 「暴力団と関わりがあるらしい」
 「え…?」
 航さんの声に唯は目を大きく見開き航さんに視線を向ける。
 「薬、と唯が聞いたと言っただろう?どうやら大沼の主治医、暴力団とつながっているらしい。報道していないが薬を使われて、というのは本当だ」

 あ…薬って…お医者さんの薬じゃなくて麻薬のことか…と唯には別世界の事のように聞こえてしまう。
 犯人であろう男の声を聞いてしまったのに、唯はどこか現実ではないようにも思えてしまう。だいたい自分のこの変な力の所為で現実離れしているのだ。
 けれど自分はいつもこれが普通で犯罪がこんな身近にあるほうが現実感がない。

 ないけれど、力の事も犯人が近くにいたのも本当の事で、今はそのおかげで航さんや光流と知り合える事が出来たし、航さんの役に立てていると思えればよかったんだと素直に思えた。
 航さんの声が聞こえないから…それが根底にあって航さんの役に立てているのが嬉しいと思ってしまうのだ。

 本当はこれは航さんの個人の事ではなく警察の、になるのだけれど唯の中では航さんの為にに変換されている気がしてしまっていた。
 勿論航さんの為というのは間違っていると分かっているし、航さん個人に関しては自分は迷惑しかかけていないと思うけれど、航さんは仕事の一環だと思っているんだ。

 昨日そう言ってたし…。
 そりゃあそうだろう。
 こんな高校生が普通刑事さんと知り合えるはずはないし、こうして一緒にいるなんて事はない。自分が必要以上に航さんにべたべたしてしまうのは分かっているけれど…それは自分から触れられる人が航さんしかいないからで、航さんは仕事だから…。仕事と唯に同情して、という事はあるかもしれないけど…。

 唯はそっと掴んでいた航さんの袖を離した。
 唯にとっては今の所唯一航さんは触れていい人だけど、航さんにとっては別にそうではないんだ。
 たまたま航さんは光流の叔父さんで警察で唯が触っても聞こえなかった、というだけで本当は事件の事がなければこんな風に近づくこともなかっただろう。
 でもどうして航さんの声だけ聞こえないのか不思議で仕方ない。

 「どうした?」
 じっと航さんを見つめていてしまっていたらしく航さんが唯の顔を見て聞いてきた。
 「………いえ…なんでもない…です」
 唯は視線を外し首を小さく横に振った。
 「安心して」
 航さんが唯の耳元に口を寄せて小さく囁く。その声と息遣いが耳を掠めて唯は大きく心臓が飛び上がった。

 驚いて口元を手で覆いながら体を小さく縮めたが、こくりと頷いた。
 ターゲットにされた時はどうしようと焦ったけれど今は航さんがこうして傍にいてくれるし、小木さんや光流も唯の事を知ってもいてくれるんだ、と思えれば怖いという思いはもうしなくなっていた。

 「あの…証拠って見つからないんです…か?」
 唯の質問に航さんが小さく頷いた。
 「時間がかかるかもしれない…唯にはこんな状態は苦痛かもしれないが…」
 「いえ…それはいいですけど…やっぱり僕を使ってください。来週は木曜といわずに会うらしいし…」
 多分次の犯行の為の接触なのだろう。
 「しかし…」
 航さんが眉を顰め呟いた。
 
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