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追憶の彼方には戻らない 36

 何度も光流が唯の顔を見て呻り何かを葛藤しているようだ。
 「……別にそんなに教えたくないならいいけど」
 「そういうわけじゃないんだけど。なんかねぇ…」
 なんかどうしたというのだろう?

 「教えちゃっていいのかな?という気もしないでもないけど…」
 「いいから教えてよ」
 「単純だけどね。だってほら男は穴一つしかないでしょ」
 「…………」
 唯は目が点になった。

 「普通は突っ込むのに使わないけどねぇ」
 「………あの……」
 ええ?と唯は頭が混乱する。
 「うそ?ホントに?」
 「ホントに」
 こくりとに光流が頷く。

 「…………あの………汚くない…?」
 ぶふっと光流がふき出した。
 「だから。好きだったらそれでもできる、って事じゃないの?まぁそうじゃなくても出来る奴もいるだろうけど」
 「え、ええぇ…!?」
 じゃあなに?あの犯人は唯にそういう事するつもりって事?
 ざっと唯の顔色が青くなる。

 「そんな事させないから大丈夫でしょ」
 「う、うん…」
 ちょっと…いや、かなりショッキングな事を聞いた、と唯は顔が引き攣った。
 「お勉強になった?」
 「………一つ大人になった」
 ぶはっとまた光流がふき出すと肩を揺らして笑っている。

 「よかったねぇ」
 よかったかどうかは知らないけれど…。
 コンとノックする音が聞こえると光流の部屋のドアが開いた。
 「ちょっと署に行って来る。光流、唯くん頼むぞ」
 「了解」
 航さんが顔を出して言うと光流が普通にそう答える。

 さっきまで航さんは唯、って呼び捨てにしてたのに今はくんをつけたのがちょっと残念な気がした。
 くんってつけられると他人行儀な気がしてしまう。勿論知り合ったばかりだし、航さんとは友達であるはずもないんだけど…。
 じっとドアに立っている航さんを見た。

 背が高くてかっこいい。光流も似ているし航さんと変わらないはずなのに、やっぱり航さんにはどきりとしてしまう。
 「あの…いってらっしゃい」
 「ああ。すぐに戻ってくるから」
 「はい」
 航さんが優しい声で言ってくれて唯が笑みを浮べると航さんはじゃとドアを閉めて行ってしまった。

 ずっとこんな風になってから航さんと離れる事がなかったのでちょっと不安に思ってしまう。学校にいた時だって別にすぐ傍にいたわけじゃないけれど学校近くにはいてくれたので離れたわけでもなかったんだ。
 それが今ちょっと離れると言われただけでどうしてこんな風に思っちゃうんだろう…?
 唯はじっと閉まったドアに視線を向けていた。

 「叔父貴いなくなって寂しい?」
 光流が一人でゲームを進めながら聞いてきた。
 「……寂しい…のかな…?どうだろう…」
 「ね。唯って今まで誰か好きになった子とかいるの?」
 「いるわけないでしょ。そんなどころじゃないもん。友達だっていなかったのに…。家だって引越しばっかりだし」

 「…そっか。だよな…」
 「ねぇ…どうして光流は平気なの?…気持ち悪くない?」
 「別に気持ち悪くはないけど?…でもいいな、とも思わないけどな。人なんて裏表あるからそれが全部分かるようになったら人間不信に陥るだろう?」」

 「…うん、まぁね。でも僕…人の事なんてどうでもいいのかもしれない。小さい頃からどうして思ってる事と違う事言うんだろうって思ってたけど…。さすがに今はそれも分かるし。触らなければ聞こえないからね…」
 「そうだけど…」
 「今は分かっても光流は友達でいてくれるし。だからいいんだ」
 「唯…も一回抱きしめていい?」
 光流がコントローラーを放して両手を広げた。

 「聞こえるからダメ」
 「俺は別にいいんだけどなぁ」
 「ダメ。……嫌われたくないし」
 「嫌わないって」
 唯は頑なに首を振って拒否する。

 「今はいいかもしれない。でも聞いて欲しくない事と聞いてしまったら?そんなのどうなるか分からない。だからダメ」
 「ちぇ。でもそれだと唯は叔父貴にしか触れないじゃん」
 「……別に今までも誰にもなるべく触れないようにしてきたから問題ないよ」
 「そうかぁ…?まぁ、叔父貴は唯に大分甘いみたいだからいいけど」

 「……甘い?」
 「激甘でしょ。あんな叔父貴見た事ないよ」
 どこらへんが見た事ないのか唯には分からないけど光流の言葉はかなり嬉しかった。
 自分が航さんを特別なように、航さんにも少しでも普通の人よりも特別に思ってもらえるなら嬉しいと思うんだ。
 
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