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追憶の彼方には戻らない 38

 「唯~…ゴメンって!」
 「別に怒ってないってば」
 ご飯をいただいた後に光流の部屋に連れて行かれて光流は何度も繰り返す。

 航さんは電話がかかってきて話中だったし、光流の家だし始終航さんと一緒にいなくてもいいだろうと光流と一緒に二階に上がった。
 電話中で仕事についてみたいだったしそれに聞き耳たてるのもどうかと思ったし、さっきの航さんの言葉を気にして唯が避けたというのもあって、だ。
 そしてこんな些細な事を気にするのも自分が情けないからだ。

 「もういいってば。教科書持ってくるから勉強教えて…?」
 「勿論!」
 光流がこくこくと何回も頷く。
 それにちょっと笑ってしまってから教科書持ってくると唯は自分が使わせてもらっている部屋に教科書を取りにいった。

 「……情けないなぁ…」
 バッグの中から教科書とノートを出しながら呟く。
 光流も航さんも別に悪気があったわけじゃないし女扱いしてるわけでもない。分かってるけど…。
 ぐだぐだと考えてしまいそうだ。

 光流に言われたのは全然平気なんだけど、どうして航さんに言われたのはこんなに突き刺さっているのだろう…。
 突き刺さっているというか…棘を飲み込んだみたいに心がちくちくしている。
 コン、とノックの音と航さんの唯?と呼ぶ声が聞こえてどきんと唯の心臓が跳ねた。
 「は、はい?」

 唯はドキドキしながら立ち上がると部屋のドアを開けた。顔は見られなくて頭を俯けたまま航さんの足元に視線を落としていた。
 「別に女の子扱いをしたんじゃないぞ?」
 「………分かってます…」
 航さんの声が頭の上から響く。それでも顔が上げられなかった。

 航さんは唯が気にした事も分かってわざわざこうして来てくれたというのも分かるけれどささくれ立った心が邪魔をしてどうしても素直に出来ない。
 「あの…別に平気ですから」
 顔を俯けたまま言ったんじゃ信憑性ないだろうけれど仕方ない。今は航さんの顔見たら泣いてしまいそうだ。そんなの出来ない。ただ泣くなんてそれこそ女の子みたいじゃないか。

 「光流と勉強してきます」
 教科書をノートを手に持って航さんんの脇をすりぬけると光流の部屋に向かった。
 これじゃまるきり気にしてます、と言わんばかりだけど航さんの前で泣くよりはいいだろう。泣いたらそんな事で泣くなんてと呆れられるはず。女々しい奴とそれこそ思われてしまう。
 ココンと光流の部屋をノックして返事が来る前にドアを開け光流の部屋に飛び込む。

 「唯?どうした?」
 「…ううん。…なんでもないよ」
 「今叔父貴行った?」
 「うん…」
 唯は光流の顔も見ないようにしてそそくさと小さなテーブルに教科書ノートを置いてクッションに座った。
 「勉強」

 光流が何か言いたそうな空気を感じて唯はそれを遮った。すると光流は小さく溜息を吐いて唯の向い側に座った。
 「どこら辺分からない?」
 暗に終了!と言ったつもりの唯の気を光流は悟ったらしく、何も言わないで勉強の事に触れた。

 「分からないわけじゃないんだけど…あやふや…?」
 「何からする?数学?」
 「……うん」
 やっぱりこういう所が光流は大人なんだ。小さい事気にしてむくれて意固地になっている唯は子供じゃないか。

 はぁ、と唯は小さく溜息を吐き出す。
 航さんを避けるようにしてしまった事にも後悔してしまう。あんな事して嫌われちゃったらどうしようか…。
 「唯!」
 「あ、は、はいっ」
 光流に大きな声で呼ばれてびっくりしてしまう。

 「あのね。何度も呼んだんだけど?」
 「え…?あ、ごめん…」
 さっき自分がした事を気にして全然光流の声が聞こえてなかったらしい。
 「…いいけど。何かあったらなんでも言って?相談乗るし。唯の味方してあげるから」
 「……僕の味方?」

 「そう。叔父貴の事でも俺は唯の味方になってあげるから」
 「航さんの…って…?」
 「叔父貴と15歳も違うのに……はぁ…」
 「?」
 「ま、いいや。とにかく覚えといて」
 「え…?あ、…う、ん…」

 光流がにっと笑いながら唯の顔を見て、唯は光流が何を言いたいのかも分からないまま頷いた。
 それ以降光流は余計な事も言わないで勉強に集中する。唯がちょっと怪しいような所も光流は完璧でやっぱり頭の出来はかなり違うらしい。
 やっかんでも仕方のない事だから光流と一緒にいられるうちに教えてもらおうと唯は真剣に教科書と睨みあいをした。
 
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