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追憶の彼方には戻らない 39

 「唯、お風呂行っといで」
 「え?あ、…うん」
 光流がお風呂から上がってきたので唯は頷いた。光流がお風呂に行っている間も真面目に教科書ノートと向かい合っていたけどさすがに何時間もずっと勉強していれば疲れた。

 大きく伸びをしてからそれらを片付ける。
 「じゃあお風呂借りるね」
 「うん。どうぞ~」
 光流はまたゲームらしい。
 …なんでゲームとか普通にしてるのに頭いいのか。ずるい。
 そんな事を思いつつ着替えを持って階下に向かった。

 「お風呂お借りします」
 光流のお母さんに断りを入れてお風呂を借りる。光流のお父さんはずっと警察に詰めているのか昨日も帰って来ていないようで今日もまだ帰って来ていない。航さんも唯がいなかったならばそうなのだろうか、と思いながら脱衣所で服を脱いでそろりとお風呂場に入る。

 お風呂も大きくてゆったりしてて唯が浴槽で足を伸ばしてもまだ余裕がある。
 他人の家でお風呂借りてなんて唯は初めてでどうにも落ち着かないような気がするけど、光流も光流のお母さんも気さくで唯が気にしないようにと気遣ってくれるのが分かる。
 
  鏡に映った自分の姿が目に入った。
 貧弱な細い体だ。
 航さんの腕の半分位なんじゃないかと思う位腕も筋肉なんかなくて細い。

 自分で腕を持ち上げて見てガックリする。女の子みたいに丸みを帯びてるわけでもないけど…。
 それに光流に聞いた事も頭を過ぎる。
 本当にあんなとこに突っ込むのだろうか…?
 そんな事したいとも思わないし、されたいとも思わないけど…。

 無理無理、と唯は頭を横に振った。
 だからといって自分が女の子と…なんてのも自分じゃ絶対考えられない。
 触れ合っていたら思った事がそれこそダダ漏れで伝わってくるだろう。そんなの耐えられないと思う。
 思った事が聞こえないのは航さんだけなんだから。

 「…はぁ……」
 航さんも光流も好きだけど、女の子を好きになるのとどこが違うのだろう?
 「…じゃなくて!」
 今はそんな好きなんて事じゃなくて犯人とかそっちを考えるのが普通でしょ、と自分に突っ込む。犯人の声を聞いて一人で抱え込んでいた時はずっとそればっかり考えてどうしようと思っていたのに今は航さんに…警察に話しちゃったから安心しちゃってるんだと思う。

 だって…航さんの傍はドキドキもするけどすごく安心するから…。今日だって母親に事情を話すのも航さんがしてくれてほっとした。警察に協力とはいっても説明位は自分でするのが普通だろうに…。唯は自分からは一言も話さなかったのだ。

 そんなんじゃダメだ、と思いつつも母親の顔も見られなかったのだ。
 親にさえ気味悪がられてるのに…。
 はぁ、と大きな溜息を吐き出したら風呂場に響き渡ってしまってちょっと自分でも驚く。
 そしてパンと自分の頬を叩いた。

 そんなの今更だ。唯の事を知っても普通にしてくれる光流、航さん、小木さんがいるんだから今はいいんだ。
 ちょっと前にも考えられなかった事だ。ずっと一人で抱えて生きていくんだろうと思っていたんだから。それが警察に協力してこれからも、と光流のお父さんにも言われて嬉しかったんだからそれでいいんだ。
 「大学…」

 警察官になるには法学部がいいのだろうか?唯の場合は特殊らしいし、機密事項だなんて言われたからどうやって警察に入るのか分からないけれど、勉強するのに理工学部はないはず。元々文系で考えていたし、もし法学部がいいのならそうしようと唯は一人で頷いた。
 あとで光流に聞いてみよう、と思いながら湯船を上がる。

 すっかり熱くなってしまった体に温めのシャワーを浴びて少し身体のほとぼりを冷ましてからパジャマを着て浴室を出る。
 「お風呂お借りしました」
 「はぁい。あと航くんにもお風呂って言ってもらってもいい?」
 「はい」
 光流のお母さんに言付けを言われて勿論唯は頷く。

 そのまま階段を上がって航さんの部屋に、と思ったら光流の部屋からぼそぼそと話し声が聞こえてきた。
 どうやら光流と航さんが話しをしているらしい。
 仲いいよな…と唯は羨ましくなる。航さんに光流が信頼されているのが分かるし、逆もしかりだ。親とさえろくに話しも出来ない唯とは大違いだ。

 勿論自分の事情は特殊だけど、自分の内側でぐじぐじ悩むのは自分でもよく分かっている。もし光流がこの力を持ってたのだったらきっともっと違ったのかもしれないと思うけれど比べても仕方のない事だ。
 分かってるけど…自分に自信もなく劣等感だらけの唯はつい溜息が多くなってしまう。
 
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