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追憶の彼方には戻らない 40

 「ナニソレ!」
 光流の憤ったような声が聞こえてきた。
 「だって唯のお母さんなんでしょ!?」
 …どうやら航さんが光流に唯の家に行った時の事を話ししているらしい。

 「唯もそれらしいこと言ってたけど…」
 「ああ…。唯の事を心配しているのも本当だ。でも人と違っている所に恐怖を覚えるらしい…」
 「だって!そんなの唯が望んだわけでもないのに!」
 ああ…、と唯は納得した。
 唯が荷物を詰めている間に航さんが母親と話しをしたのだろう。

 「お母さんがそれって…」
 「父親も同じような感じらしい。二人でどうしていいか分からない、と」
 「分からないって!…親なのに…」
 「………」
 二人の会話が途切れた時に唯はコンをノックした。

 「唯?」
 「うん…」
 ドアを開けて顔を覗かせた。
 「航さん、お風呂」
 「ああ」
 「………唯、聞こえてた?」

 「うん?…あ、ちょっとね。でも別に平気だよ?両親が思ってる事は小さい頃から知ってた事だし」
 航さんが眉をしかめた。
 あ…そういえばさっきは航さんの顔を見られなかったけど今は平気だ、と唯はそこにほっとしてしまった。
 「じゃ僕は部屋に行ってるね。勉強いっぱいしたからか疲れちゃったかも…」
 「寝ちゃって寝ちゃって!」
 光流が明るく言ってくれるのに救われる。

 「うん。じゃおやすみなさい」
 「おやすみ~。明日ね!明日もゲームに勉強な?」
 「…うん。あ、でも光流は別に僕に付き合わなくても…」
 「いいって!犯人捕まったら遊び行こ?」
 「………ん」

 光流は明日もずっと唯に付き合ってくれるつもりらしい。それがちょっと心苦しいけど、恩着せがましくなく光流が言ってくれる。
 唯はぱたんとドアを閉めて借りている部屋に入るとベッドにばふんと倒れこんだ。
 …平気。
 親が唯の事どう思っているなんて分かってた事だ。そう、唯は聞いてたんだから当然だ。

 戸惑い、恐怖、憤り、憐憫、まぜこぜになった思いが伝わってきていた。その中に微かに愛情があるのも分かっている。だから唯は触れないようにした。微かにあった愛情が消えるのが怖かったから。小さい自分が親に捨てられたらどうなるだろうと、それが怖かった。

 自分の所為で引越しを繰り返し、定住できなくて迷惑をかけたのも分かっている。ある程度大きくなっても親は唯の事を知られないようにだろう引越しを繰り返した。その度に父親と母親は働く先を探し回って…それでも唯を口で攻めた事はなかった。でも疲れきっていた。
 いつ唯の事を知られるか、それが疲れを倍増させていたのだと思う。

 家族で隠れるような生活を繰り返した。誰から逃げるというわけではなかったけれど、でも心情的にはいつも怯えて生活していた。
 中学校になって唯も物事を悟り、もう引っ越さなくても大丈夫そうだ、と今のところは落ち着いているけれど…。
 今日の話で親は安心したのだろうか?それとも却って人に知られたと恐怖したのだろうか?

 航さんが話している時も帰りも母親の顔を見なかったから唯は分からなかった。
 ちらっとでも確認しておけばよかった、と今更ながら後悔する。
 もし知られた所為でまた引越しすると言われたらどうしよう…?

 航さんの近くにいたい…。光流も…今だけかもしれないけれど、唯の事を知っても友達でいてくれそうなのに…。それに警察にも…。自分のこんな変な力が役に立つというのであれば自分はそうしたい。
 今までこれのせいで親にも迷惑をかけたし、自分も傷ついた。それでも役に立つなら。
 布団に顔を埋めたまま唯は考え込む。

 事件の犯人の証拠はまだ見つからないらしい。躍起になって繋がりや証拠を集めているらしいけれどなかなか決定的な証拠が出ないらしい。
 どんな事が証拠になるのだろう…?

 唯が聞いた事で証拠になればいいのに…。それが無理な事は十分分かっている。自分が次に狙われているとはいっても航さんが傍にいてくれるのでそれに関しての不安は皆無だ。だったらもっとちゃんと証拠になるものを…。
 どういったものが証拠になるんだろう?
 薬の入手経路が分かっても証拠にはならない?医者とヤクザと繋がっていてもそれだけで犯人とは断定できないだろう。

 …どうしたら…?
 どうしたら航さんの役に立つかな…。
 唯はぐるぐると頭を悩ませていた。
 
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