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追憶の彼方には戻らない 42

 …恥ずかしいし、どうしていいか分からなくなる。

 変な目で見られる事には慣れているのに褒められたり心配される事には慣れていないのだ。
 「唯のおかげで事件も解決の方向に向かっているんだから自信を持ちなさい。力の事も、悪い事に使おうと思えばいくらでも使える。それをしなかったのは唯なのだからね。そういう唯だからこそ力を授かったんだよ。唯にとってはいらないものかもしれないけれど…」

 「…………」
 唯は顔を上げて航さんに視線を向けた。
 そんな風に…唯だから、だなんて思った事もなかった。つっと涙が流れたのが自分でも分かったけれど、泣いているという意識はなかった。

 「……そんな泣き方…」
 航さんが唯を見て一瞬苦しそうに顔を歪め、そして手を伸ばし唯の体を引き寄せた。
 唯の目の前には航さんの胸があった。頭を胸に抱えられたらしい。
 手を伸ばしてもいいのだろうか、と唯はそっと航さんのシャツを掴んだ。

 「不安な時でも甘えたい時でも泣きたい時でも唯は手を伸ばしなさい。いつでも…俺が振り払う事はないから」
 「ど…うして…?」
 航さんはぎゅっと唯の頭を抱える腕に力を入れた。
 どうして航さんはこんな事を言ってくれるのだろう?
 「……どうしても。…唯の親にはなれないけれど、ね」

 くすりと航さんが唯の頭の上で笑っている。
 さっき食事の時はあんなに凹んだ気持ちだったのに今はこんなに幸せな気持ちだ。涙は何故か知らないけれど泣きたい気分でもないのに流れている。声を上げる事もなくただ涙だけがたらたらと零れている。

 親にはなれない、って勿論航さんに親は求めていない。じゃあ航さんにはどうして欲しいのだろう?こんな風に抱きつけるが嬉しいし、航さんが抱いてくれているのも嬉しい。航さん以外だったらきっともがいて離れようとする。それが親であっても。
 それなのに航さんにはもっとぎゅっとしてほしい。
 シャツを掴みながら航さんの胸にさらにすりと顔を寄せた。

 「ぁ…」
 ダメ、と唯は離れようとする。
 「唯?」
 「濡れちゃう…」
 涙がどうしてか分からないけど止まらない。

 「泣きたい…じゃ、ない…だけど…」
 自分でもなんで泣いてるか分からないんだ。
 「……声出して泣けばいいのに…子供がそんな泣き方するものじゃないよ」
 航さんが唯の顎に手を添えると上を向かせて唯の涙を指で拭ってくれる。

 子供扱いも複雑だ、とは思うけれど航さんに比べれば勿論子供だし、まだ高校生になったばかりでそれは言われても仕方ないかと諦める。
 けどやっぱりちょっと子供扱いも嫌かな、と我が儘な事を思ってしまう。

 抱っこされるのは子供だからだろうけど…子供扱いはいやで、女の子扱いもいやで、そのくせ頭撫でたりしてもらえるのは嬉しいとか、ワケワカンナイ。
 自分の中が変な風にぐるぐる回っている。
 ちょっとしたことが嬉しかったり嫌だったり。なんでこんな風に航さんの言葉に振り回されてしまうんだろう。

 「分かんない…」
 「ん?」
 小さく唯が呟くと航さんが聞き返してけれど唯は首を横に振り、涙が引っ込んだので顔を俯かせると航さんにもう一度唯を腕に閉じ込められた。
 それが嬉しいしどきどきする。

 「唯…」
 航さんが名前を呼んでくれて唯の背中を撫でてくれる。人の体温を感じられるのが嬉しいんだ…。ううん、航さんだから…なのかな?自分の中がぐちゃぐちゃしすぎててよく分からない。

 航さんだからなのか、航さんの思いが聞こえないからなのか。どっちなんだろう…?もし航さんからも声が聞こえたならこんな風にはしてもらえなかったかもだし、自分も安心してなんてなかったのだろうか?
 それもよく分からない。
 だって最初から航さんの声は聞こえなかったから…。聞こえないから特別?聞こえたらやっぱり近づかなかったのだろうか?

 分からない。
 例えは悪いけどまるで卵が先か鶏が先かみたいだ。
 「……ごめんなさい……だい…じょうぶ…です」
 自分でも訳が分からないまま泣いてしまった事が恥ずかしい。

 そっと航さんの胸を押して唯は航さんから離れようとした。航さんもこんな事してくれるのは唯にとって航さんがただ一人安心出来る人と分かっているからだ。…きっと。
 親でさえも唯は気を遣っているから…だからこういう事をしてくれるんだ。これ以上余計な期待なんてしちゃいけない。

 …余計な期待?
 自分が思った事に頭を捻る。期待って…?
 唯が離れると航さんの腕も離れた。
 それが…寂しい。本当はもっとそのままでいたい…。そんな風に思ってしまった。
 
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