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追憶の彼方には戻らない 43

 「光流…ちょっといい…?」
 航さんがお風呂に行っていなくなったのを確認して光流の部屋のドアをノックした。
 「どうした?寝るんじゃなかったの?」
 光流がドアを開けてくれて中にどうぞと誘われたけど唯は顔を俯けたまま首を横に振った。

 「ううん…あの、ちょっとだけだから…」
 「そう?何?どうかした?…不安?」
 「ううん…」
 自分でも訳が分からなくて光流を頼ってしまおうとドアをノックしたけれど人を頼っても仕方ないし、何を聞きたいのかも自分でも分かっていなかった。

 「…ごめん…。自分でもよく分かってなくて…。やっぱりいいや…」
 「唯?……叔父貴の事…?」
 ドアを開けたまま立つ唯の前に光流がドアに凭れながら立っていた。
 「ちょ…唯?」
 光流が顔を俯けていた唯の顔を頬を挟んでぐいと上に向けた。
 
〝泣いてたの!?〟
 声が飛び込んできてとっさに光流の手を払った。
 「あ、ごめん」
 「どうして光流が謝るの?…謝るのは僕のほうだ…」
 光流は心配してくれただけなのに癖になって光流の…は振り払ってしまう。

 「唯のせいなわけじゃないから謝らなくていいよ。それはいいけど…何?叔父貴に泣かされたの?」
 「ち、ちがうっ」
 かぁっと顔が赤くなると光流が溜息を吐き出した。
 「なんだ違うの」
 「……なんだ、って…どうして光流はそんな事言うの…?」

 「え~?だって唯ってば叔父貴の事好きなんじゃないの?」
 「……そうなの?」
 瞼がちょっと腫れぼったい気がしてたけど光流の言葉に驚いて光流の顔をじっと見てしまった。
 「なんで叔父貴?…とは思うけど。30よ?15も離れてるのに…。まぁ、唯にとっては年よりも聞こえるか聞こえないかの方が重要だろうけど」

 「………そう…かな…?」
 今度は口元を押さえて悩んでしまう。
 「聞こえないから……」
 好きなのだろうか…?
 「好き…が…分からない…」
 小さく唯が呟くと光流がくすっと笑った。

 「唯見てると叔父貴見てる時、目で好きーって言ってるように見えるけどね」
 そんな事言われてかぁっと唯は耳まで熱くなってくる。
 「だって…航さんは聞こえないから…だから特別で…」
 「まぁ、それもそうだろうけど。あ、じゃキスとかしたいと思う?」

 「キ……」
 かぁっと顔が熱くなってくる。
 「それとほら教えたでしょ?セックスもしてみたいな…って思う?」
 「ぁっ…」
 ひくっと唯は息を呑み込んでどうしたらいいか分からない位動揺する。そんなさらっとキーワードを言われて頭が混乱してしまう。

 「唯…お子チャマみたいだから…でも好きだったらそういうことしたいと思うけど…?どう?」
 「ど、ど、ど…うって…」
 「じゃ、俺が唯にキスしたいなって言ったらどうする?」
 「困る!」
 「じゃ叔父貴だったら?」

 「………」
 航さんだったら嬉しいかもしれない…。
 「そ、そ、…う…なのかな…?でもっ!聞こえないから…だから…」
 「ああ…聞こえないから好きになったんじゃ、とか思った?」
 ちょっと違うような気もするけれどそんな感じかもしれない。
 でも唯は自分で自分の中がよく分かっていないのに光流の方が唯の心情をよく分かっているようだ。

 「それさ…聞こえないから特別じゃなくて、最初から唯の特別だったから聞こえないんじゃない?」
 「………………はい?」
 「だって好きな人の心の中なんて聞こえちゃったら一緒いるのは難しいよね。キスもえっちもできないよ…。だからきっと好きな人の事は聞こえない。…じゃないの?」
 「………」
 唯はきょとんとして光流を凝視してしまった。

 「っていうか。そういうふうに思ってたら?聞こえないから、じゃなくてね」
 「……そんな…いいの…かな?」
 「いいじゃん。自分の都合いい様に解釈で。別に誰に何言うわけでもないしね」
 「でもっ。あの…だって…僕はいいけど…光流の…叔父さんなのに…」

 「別にそこは関係ないっしょ。個人の事だし、唯が泣かされるのは嫌だけどね…。唯がいいなら別にいいよ。叔父貴なんてもうオヤジだしやめとけ、って本当は言いたいとこだけど」
 「航さんはかっこいいよ!オヤジなんかじゃないもん」
 「それはフィルターかかってると思うけど?」
 ぷっと光流に笑われた。

 「いい、と思うよ?唯が叔父貴の前では安心してるのが目で見て分かるから…俺は反対なんかしないよ」
 「……光流って大人だ…」
 またぷっと光流が笑う。
 「ほら、安心して寝なって」
 ぺちと唯の額を光流が叩いた。

 「うん…ありがとう。おやすみ」
 「おやすみ。また明日ゆっくり聞いたげるから」
 「………ん」
 光流は物怖じしないで唯に触ってくる。自分に自信もあるのだろうし、唯を信じてくれているのも分かる。
 唯も光流みたいになりたい…密かにそんな事を思いながら部屋に戻った。

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