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追憶の彼方には戻らない 50

 どうしよう…。
 唯は顔を俯け考え込んだ。
 「…どうしたの?具合悪い?」
 「…え?あ…ちょっと」
 唯は犯人の男に声をかけられ咄嗟に頷いた。

 「大丈夫…?」
 「多分」
 心配そうな声と表情を唯に向けながら犯人が聞いてきて唯は小さく頷いた。
 
 〝今回は見送った方がいいか…?この子は可愛いしおとなしいし気に入っていたんだけど…。後ろを警察がつけてきているような気配はするが接触がないのは証拠が警察はつかめていないからだろう。そうなると残しておいた爪も処分した方がいいか…?〟

 それは困る!
 唯は心の中で叫んで手すりをつかんでいない方の手で自分の口を覆った。
 どうしよう…?航さん、犯人が証拠をなくしてしまう気になっているよ!
 そう伝えられればいいのに今ここでは何も言う事は出来ない。

 〝どこかで燃やすか。捨てるのはまずいだろうな…。もし万が一つけられていたら…〟
 証拠隠滅する気だ!それはマズイ。絶対!
 犯人はどこにそれを隠しているのだろう?家?いや…どこかで燃やすかと言ってたし、捨てるとか言ってたから…もしかして…まさか…今持ってる…?

 唯は体が震えそうに緊張してきた。
 「…君、大丈夫…?顔色が悪いよ…?」
 唯は犯人に声をかけられ小さく頷いた。

 今ここで犯人といつも通りに駅で別れたらどこかで爪を、証拠を葬ってしまうかもしれない。
 どこに持っている…?それが分かれば…今持っていれば…そしてそれを航さんに言えば逮捕できるよね…?
 まさか今日、今、そんな事になるなんて思ってもいなかった。ただ単に何か新しい真相が聞こえたらと思っていただけだったのに。

 犯人が証拠隠滅とさらに今は犯行を諦めようとしているのを知っているのは唯だけだ。
 どうしよう…?
 
〝どうしようか…?この子が具合悪そうにしている。声をかけて…いや今はまだ昼間で人目につく。でも薬でおとなしくさせるのも可能か…?いや…万が一目をつけられているならば危険だ。危険を犯すのはまずい…〟
 犯人は慎重になっている。むしろ唯にしたらそのままどこかに連れて行ってもらった方がいいのに!そうしたら航さんが後ろからちゃんとついてきてくれるはず。

 降りる駅が近づいてくる。
 どうしようと唯の頭の中がぐるぐると回っていた。
 多分今離れたらダメだ。逃げられるかもしれない。
 
〝うーん…惜しいな…。つけられているかも、という可能性がなければこの子を連れていくのだが…〟
 もし唯が航さんに勇気を出して言っていなかったらそういう事になっていたかもしれない。でも今は航さんがちゃんと後ろにいてくれる。
 爪はどこに…?
 考えろ、早く、教えてと唯は犯人に懇願さえしてしまいそうだ。

 「…やっぱりちょっと…具合悪い…みたい」
 唯は犯人の顔を見た。
 「うん…具合悪そうだね…大丈夫…」
 親切そうに唯の肩に触れながら犯人が聞いてきた。
 そして駅に着いてしまう。

 離しちゃだめだ。
 唯は縋るように犯人の袖口を掴んだ。
 「おいで。少し休んだ方がいいね」
 〝ああ…惜しい!このまま連れて帰りたい。しかし本当に可愛い子だな…〟

 ぞっとしながらも犯人を離しちゃいけないと唯の肩を抱くようにした犯人の服を掴んで電車を降りた。
 気持ち悪い…。
 人と接しているのが気持ち悪い。航さんだったら全然そんな事ないのに…かえって本当に具合が悪くなりそうだ。
 「…大丈夫…?」
 唯は小さく頷いて犯人に連れられるままにした。航さんは、小木さんはちゃんと唯の事を見てくれているはず。大丈夫。
 自分に言い聞かせる。

 〝…尾行、されているか…?〟
 犯人が周囲を気にしている気配をみせる。
 〝尾行というかこんな昼間に高校生をかどわかせようとして見えるんじゃないか…?離れた方がいい。人目も多すぎる〟

 犯人は唯から離れようとしている。離しちゃだめだ!でもどうしたら!まだ今証拠を持っている確信は掴んでいない。このまま離したらもう捕まえられないかもしれないんだ。
 早く考えて!爪はどこに!?

 「…爪」
 思わず呟いてしまった。やばい!と思った瞬間犯人の体が硬直したのが唯の体を掴んでいる手から伝わってきた。
 〝爪って言ったか!?何?どういうことだ?…いや、知るはずないだろうニュースでも言っていないんだ。焦るな、慌てるな。今ここに…タバコの箱の中に入っているなんて誰も思わないだろうからな〟

 「!」
 ひくりと唯は息を飲み込んだ。


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