「…あの時は…怒ったんじゃない」
航さんが唯の顔をじっと見ながら静かにそう言った。
航さんのちょっときつめの目が今は心配そうにして唯を見ていて唯は安心してしまい、そしてまた泣きたい気持ちになってきてしまった。
だって…航さんに嫌われたかもって…余計な事しちゃったって…ずっと思っていたから…。
「…嫌い…に…ならないで…」
航さんに嫌われてしまったらどうしたらいいだろう…?
こんな事言うのも間違っているとは思う。だってそんな事言ったって嫌いになられたら唯にはどうしようもない。それでも唯がただの普通の人と同じに出来るのは航さんだけで、そこに唯は縋ってしまいそうになる。
航さんにとっては他の誰とも唯は違わないはずで、これは唯だけの事情なんだ。それを航さんに押し付けているだけなのかもしれないけれど、…でも、分かっているけれど唯には航さんだけが特別だった。
「ならないよ。……どうしてそんな…って………悪いのは俺か」
はぁ、と航さんが溜息を吐き出しながら唯から手を離して頭を項垂れた。
「怒ったわけでもないし、嫌いにもならない」
「でも!僕が…余計な事…したから…」
「余計な事でもない。すまん…俺の言い方が悪かったんだな…。それに唯がずっと帰りの車の中でも考え込んでいたのは分かっていたのにそのままにしちまったから…。そうじゃないんだ。唯が無茶してこんな事されて…そういうことをさせたくなかっただけなんだ。…俺が」
ふぅと航さんが髪をかき上げながら息を吐く。
「唯を傷つけた事で自分にイラついてただけなんだ」
「…傷…?…コレ?」
唯は自分の頬を触った。
「こんなの全然大丈夫なのに…それに航さんがしたわけでもないのに…」
「大丈夫じゃない」
「だってこんなのすぐ治るもん」
治らないのは心だ。傷つけられた心は何年経っても癒える事はない。それに比べたら治る傷なんて大した事じゃない。
「こんなのは大丈夫」
大丈夫じゃないのは航さんに嫌われたりいらないと思われる事だ。
航さんが好きだから…。
唯はじっと航さんの目を見た。
こんな事…言えないけど…。言われても航さんだって困るだろうし、そもそもそんな対象に唯が入る事はないはず。自分が男の人好きになるなんて思ってもみなかったけど、その相手が航さんなら分かる。
特別な人だ。
特別だから好きになったかどうかは唯にもわからないけど…。それだけで好きになる事はないはず…と思う。
なにしろそんな人の存在は初めてだったので自分でもよくは分からない。
でも航さんにドキドキするし、一緒にいたいと思うし、触りたいし触って欲しいと思う。
光流も好きだけど、光流にはそうは思わないのも確かだけど、光流の心の声は聞こえるから…、と考えても考えても正解は出てこない。
でもどきどきするのは航さんにだけだ。
そこの違いは今まで誰も好きになった事なんてなかったけど唯にだってわかる。
落ち着かないのに傍にいたいんだ。
「唯…」
じっと唯が航さんを見つめていたら航さんも唯をじっと見つめ返した。
「ぁ…」
急に食い入るように向けられていた航さんの視線が恥かしくなって唯はかっと頬が熱くなったのを感じ目を逸らせた。
「唯…」
名前を低い声で呼ばれ航さんの手がまたゆっくりと唯の方に伸びて来た。ほっそりしている唯の手とは違う大きな武骨な手がそうっと唯の頬に触れた。
「……痛くないか?…痣になっているようだが…」
目の下の部分は湿布からはみ出て紫色になっているのが見えていたのは鏡で見た時に分かっていた。
「大丈夫だよ。…航さんは?帰って来ても大丈夫だった…?」
「ああ」
さらに航さんの視線が柔らかくなると唯は視線を受け止めきれなくなって彷徨わせる。
そしてどきどきがさらに激しくなった。
「唯のお母さんにもここから署に向かう時に連絡したよ。心配してたけど…」
「…ありがとうございます」
唯が自分で電話をする事も躊躇しているのを航さんは分かってくれている。
「唯…」
頬を撫でていた航さんの手が唯の後ろ頭に回ってくいと航さんの方に引き寄せられた。
そして航さんの顔が近づいてくる。
「…航さん…?」
航さんの顔が目の前まで近づいてきて斜めに角度をつけさらに近づいてきて唯はぎゅっと目を閉じた。
そして唇に軽くキスを掠め、すぐに気配が離れた。
「…こ……う…さ、ん…?」
キス…した!?今…キス…だよね!?
唯は閉じていた目を大きく見開き目の前にある航さんの顔を驚いた目をして凝視した。
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