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熱吐息 agitato~激して~5

 「場所は居酒屋で、時間も貸切で9時までらしいから」
 「了解。じゃ9時に合わせて出るようにする。少し離れたとこで路駐して待ってるから」
 「……うん。ありがと」
 瑞希は顔を俯けた。 
 ちくりと胃が痛んで顔を顰める。
 「また胃痛いのか…?」
 宗が玄関先で心配そうに顔を覗きこんできた。
 「ん…なんだろう…?」
 「病院…は会社休んで、は無理か……」
 「我慢できないほどじゃないから大丈夫」
 「………早めに出るようにするから。もし辛い時は逃げて来い」
 「…うん。分かった」
 金曜日で飲み会の日。
 嫌だ、という気持ちのせいなのか、胃痛が酷くなってきた。
 けれど今の宗の言葉で楽になる。
 「うん…。胃が痛いからって先に出る事にする」
 「ああ、そうしろ。着いたらメール入れるから」
 「ん…」
 「もし会社でも具合悪くなったら無理するな。いいか?絶対だぞ?お前絶対無理するだろう?」
 「……そんな事…」
 「あるだろ。飯の用意だっていいって言ってるのに。だめだな。来週から週に何回かはデリバリーを頼もう」
 「だめ!あ、っと…遅れる!行ってきます」
 「おう。いってらっしゃい」
 宗は気遣いすぎるほどだ。
 確かに胃は痛いけどそんなに心配することないのに。
 ご飯の支度だってしたいからしてるのに。
 でも宗が心配してくれるのが嬉しい。
 それくらい瑞希を思ってくれているって事だ。
 今日の飲み会だって逃げ道を作ってくれる。
 宗がいなかったらきっと血を吐いてだって我慢するだろう。
 宗がいるからそこに頼りたくなってしまう。縋りたくなってしまう。
 弱くなった、と思うけれど、それは全然嫌じゃなかった。
 出掛けのキスもお帰りのキスも。
 誰かと向かい合って食べるご飯も。
 全部宗だけだ。
 「いたた…」
 本気で胃が痛くなってきた。
 ああ、憂鬱だ。


 「宇多くん顔色悪いけど大丈夫?」
 瑞希の直接の上司、清水課長だ。
 まだ若いのにもう課長。仕事も出来るし人あたりもよくて、かっこよくてと何拍子も揃った人。
 「はぁ、すみません。胃が…」
 「あらら…慣れるまでは神経磨り減るだろうからね…。あんまり気負わないで」
 「はい」
 こうして瑞希の顔色にも気付く人なんだ。
 だから皆にも慕われているし、この人の下でよかったと思う。
 胃が痛くてお昼も何も食べられそうになかった。
 休憩室でただ座って時間が過ぎるのを待つ。
 
 それでも時間が過ぎて夕方、やっとどうにか終了が見えてくる。
 仕事終わって飲み会を我慢すればあとは宗が迎えに来てくれるはず。瑞希のミニに乗って、そして土日は休み。
 よし、あと少しだ。
 瑞希は清水の書類を作る手伝いの為にパソコンに向かった。

 居酒屋は会社から近くで、皆で歩いて移動する。
 「大丈夫か…?」
 清水、斉藤、斉藤の上司の岩国が代わる代わる瑞希に声をかけてくれた。
 「大丈夫ですから」
 瑞希は苦笑する。
 この4人で行動したり話したりする事が多いので、自然と歩くのも一緒になる。
 「今年の新入社員一のホープだからなぁ」
 「え?」
 清水の言葉に瑞希は驚いた。
 「社長に声かけられたって?」
 「え。あ、はい…」
 「社長、出来る人にしか声かけないから」
 「おまえ、自分も声かけられるからって!えばりすぎ!」
 清水の言葉に岩国が噛み付いている。
 「別にいばってはない」
 清水が笑ってた。
 そうなの…?ただ挨拶したから声かけられただけだと思ってたけど。
 「あともし抜け出せるようだったら早く抜け出していいから」
 「はい、ありがとうございます」
 清水まで抜け出す許可を出してくれて、ますます抜け出しやすくなった。それに瑞希は安堵した。

 居酒屋に着いて乾杯。
 何も食べていなかった瑞希の胃は悲鳴をあげた。
 まずいかも…。
 かなり痛くなってくる。
 そこに携帯が震えた。
 喧騒とした空間で仕事を終わっている時間なので携帯を触っている人もいるのに安心しながらそっと携帯を見た。
 瑞希の携帯に電話やメールをくれるのは宗だけだ。
 見ればやっぱり宗からのメールで着いてるから安心しろ、と入ってた。
 痛かった胃の痛みが少しだけ和らいだ。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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