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追憶の彼方には戻らない 63

「この間少しお話しましたが、唯くんの特殊な力を警察の特殊機関に活かして欲しいという声もあります。そうなると多分俺が唯くんの担当になるかと思われます。なにしろこういった特殊な事は署内でもおおっぴらに吹聴することは出来ませんからね。そうはいっても勿論唯くんがいやだと拒否すれば強制するものでもありませんからご安心ください。それとかなりデリケートな問題になるのでセキュリティの面でもうちのマンションは突出してます。とはいっても唯くんはまだ高校生なので、学業が優先です。唯くんの身が安全で、安心して楽しく過ごしてもらうのが一番だと思ってます」

 「ね…航さん…光流を呼んでもいい…?」
 「勿論。ゲーム大会開いたり、いくらでも遊んでいい」
 もう唯は航さんの所に行く前提で話をして、航さんも当然のようにそれに答える。
 嬉しい、と唯が笑みを浮かべれば航さんが優しい目で見てくれていた。

 それ以上航さんは無理に話を進めず、とにかく唯の頬の痣がもう少し薄くなるまでは預かります、と宣言し唯は航さんと一緒に自分の家を後にした。
 航さんがそう言ってくれてよかった、と車に乗ってからほっとした。もし今日帰っていいよと言われて航さんだけが車で帰っていったら自分はきっと捨てられたような思いをしたかもしれない。

 そうじゃないのに…。実際にはこうして航さんと一緒だし、そんな事はないのだけれど…。
 「唯、俺の部屋に行くか?」
 「うん。行きたい」
 航さんがステアリングを握りながら聞いてきて唯が大きく頷くと航さんが手を伸ばしてきて唯の頭をくしゃりと撫でた。

 航さんと一緒に暮らす。
 こんな風に航さんは唯を甘やかしてくれる。それが嬉しい。一緒に暮らしたらますます航さんから離れられなくなるのではないだろうか?
 でも唯はそれでいい。唯はいいけど…航さんは…?

 航さんのマンションは唯の家と光流の家の丁度中間位の位置だ。
 一度小木さんも一緒に行ったことはあったけどあの時と今では心情がまるで違う。なんと言ったって恋人同士になったんだから。
 ……でも果たして本当に唯で航さんの相手になれるのだろうか、と自分が子供である事を自覚している唯は思ってしまう。

 だって航さんは大人で今までだって彼女もいたらしいのは光流から聞いた言葉でも確認済みだ。それなのに自分みたいなのが恋人なんて同等の位置にいられるなんて思えない。
 保護者だとしたら納得できるけど…。 
 そんな事を思ってしまって唯は小さく首を横に振った。

 だって…キスしてくれた。
 そういえば…一緒に住むのだからそうしたらそれ以上の事もする…?
 光流に聞いた男同士のセックスの仕方を考えてしまった。本当にそんな事するのだろうか?そもそも航さんはしたいと思うのだろうか?だって彼女がいたという位で、唯はいくら体が小さかろうが女の子ではないのだから。
 唯が考え込んでいる間に航さんのマンションに着いて地下の駐車場に車を入れた。

 「指紋登録しておこう」
 セキュリティはしっかりしてると言っていたけど指紋照合まであるとは思ってもみなかった。
 「暗証番号なんかもあと教える」
 こくりと頷きながら一緒にエレベーターで航さんの部屋に向かった。

 この間来た時となんら変わった所は一つもない。勿論その間ここに帰ってきた事もなかったのだろう。なにしろずっと唯は航さんと一緒だったのだ。 
 「唯、部屋こっち。ここを唯の部屋にしようか。いいけど片付けないとな…」
 航さんが苦笑しながらドアを開ければ物置部屋になっていたらしい。とはいってもそんなにごちゃごちゃとしているわけでもなかった。
 「一応ベッドも入れたほうがいいな」
 「い、…一応…?」

 かぁっと唯の顔が熱くなってくる。
 一応って事は…。
 「こっちが俺の寝室だ」
 航さんが唯の腕を掴んで別の部屋のドアを開けると大きなベッドがどん、と置かれていた。

 航さんは身長も高いしベッドが大きいのは分かるけど、それにしても横幅も広いベッドだ。それとリビングもそうだったけど余計な物がほとんど何もない。生活感がほとんどないみたい…。リビングがそうでも寝室はそうじゃないかと思ったら寝室もモデルルームみたいだった。
 どこか寒々しい感じだ。日当たりもいいしそんな事はないのに…。

 「おいで」
 航さんが唯の手を引いてリビングに戻る。
 「座って。コーヒー飲む?」
 「…うん。あの…僕も見ていい…?」
 キッチンだったら少しは生活臭があるのだろうか?
 多分ないかも、と思いながら対面式になっているキッチンを覗けばやっぱり使っている様子は見られなかった。
 
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