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追憶の彼方には戻らない 65

 「初めて…そっか…」
 航さんが小さく呟きながら唯の上から退くと唯の身体も起こしてくれる。
 「ちょっと年甲斐もなくがっついた…悪いな?」
 「………謝んないで」

 どうして航さんが謝らなきゃないのか。
 「うーん…。やっぱ謝っておくよ。初めてなのに…ゆっくり優しくしないとな…。唯に二度としないとか言われたらショックだし」
 「……言わない」
 言うはずないのに。

 「航さん…めんどくさくない…?」
 「全然?」
 航さんの口角が上がっている。本当にそうは思っていないのか嬉しそうに見えた。
 「ちょっと嬉しいかな。唯はもうちょっと子供かなと思ってたけど…ちゃんとキスとかそれ以上してもいいような好きだと分かったし」

 「…好きだもん…」
 航さんにだったら何されてもいいような好きなんだ。
 「俺も…唯が好きだよ。可愛くて食べてしまいたい位」
 さっきは本当に食べられてしまいそうなキスだったことを思い出せば嘘じゃないのかも…と唯は納得してしまう。

 「でもなぁ…さすがにちょっと悩むな…」
 悩む…?
 航さんの言葉に不安を覚えた。
 「あ、違う違う。唯に対してじゃなくて、年がね…児童淫行になっちゃうから。俺警察なのにまずいでしょ?ま、多分我慢なんて出来ないと思うけど」

 「……いいもん」
 「ま、最悪身内も警察上部だしばれたとしたらもみ消してくれるかな」
 航さんがくっくっと笑っている。楽しそうに見えるのは嘘じゃないと思う。
 「ちょ…唯?」
 唯はもう一度自分から航さんの膝の上に乗り抱きついた。
 どきどきがとんでもない事になっているし顔も熱いけどそれ以上に航さんにくっついていると安心してしまう。

 「…さすがに今すぐどうこうはするつもりないけど…頬もまだ紫だし…でもあんまり煽らないように」
 航さんが苦笑しながらも唯の背中に手を回して抱きしめてくれれば唯は顔を航さんの首筋に埋めた。
 好き…と思わず心の中で呟いてしまう。
 航さんはゆっくり唯の背中を撫でてくれる。そこにはさっきの荒い熱情はなくて唯を安心させるためだけの優しい愛撫だった。

 「…唯は俺が勝手に進めた同居話に本当にいいと思っているか?」
 「え?うん。勿論。航さんと一緒に住む以外考えられないけど…?航さんが…やっぱりダメっていうなら…諦めるけど…」
 「それはないな」
 くすりと航さんが笑みを浮かべた。

 「本当は親御さんとちゃんと話をして親御さんの元で暮らすのが一番いいと思うんだが…」
 「ううん。違うよ?だって…話をしたって僕が何も考えないでこんな風にできるのは…触れられるのは航さんしかいないから…」
 「……」
 航さんが軽くキスしてくれる。

 「ちょっとは唯に俺の気持ちが聞こえればいいのに、とは思う。そうしたらどれだけ唯の事を思ってるか分かるのに…」
 「ううん。聞こえなくていい…その代わり…言って欲しい…ダメ?」
 「だめじゃない。…ほんっと可愛いな…唯…早く頬も治るといいな」
 「もう痛くないしすぐだよ」
 そうしたら航さんは唯を貰ってくれるのだろうか?ここに越して一緒に住んで…。

 「…早く航さんと一緒に住みたい」
 光流の家でもかなり親切にしてもらっているし、光流といるのも楽しい。でも航さんとは違う。
 「…そうだな。唯がいたら無理にでも帰ってくるよ」
 くすりと航さんが笑っている。その表情もかっこよくてもう唯はドキドキしっぱなしだ。

 「さて、コーヒー飲んで帰るか。部屋の片付けはしとかないと…。あとは唯のいるものを買い物か。それはまた今度な」
 「……うん」
 焦らなくていい。きっと航さんと一緒に住めるのはすぐだ。もう唯の中では決まった事。
 「光流にも手伝わせよう。あと小木もだな」
 「…小木さんは可哀相だよ…。彼女とデートも出来てないって言ってたし…」

 「知るか」
 航さんの言葉に笑ってしまった。
 「だって僕頼まれたんだもん」
 「ああ?なんで?」
 「前に航さんがどこかに遊びに連れて行ってくれるって言ってたでしょ?絶対休ませて、だって」

 「…これからはちゃんと休むからいいんだ」
 横暴な言い方にやっぱり笑ってしまう。光流に対してと小木さんに対してと唯に対してとの口調の差が面白い。
 ほんの少しの事でも航さんといられればこんなに唯の心の中は落ち着くんだ。自分が人といて穏やかに感じる人がいるのは初めてだった。穏やかなんだけどどきどきはするという複雑さでもあったのだが。
 
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