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追憶の彼方には戻らない 69

 キスしたいな…と唯はちょっと後ろを向いた。
 物欲しそうな顔になっていたのか、航さんはすぐに気づいて唯に軽くキスした。
 「軽くだけな。スイッチはいったらマズイ」
 こそりと航さんが囁くのは色を含んだもので唯はどきりとして身体を小さくした。別にえっちしたいとか思ったわけじゃない。

 キスはしたいけど、航さんがえっちしたいならしてもいいけど、唯自身がしたいかといえば微妙だ。
 したくないわけでもないけど…。
 「唯?このまま抱っこして寝るか?」
 「え…?」
 航さんの腕の中は気持ちいい。

 「うちに行ったら毎日だぞ?唯のベッドは一応用意したけど実際に寝るのは俺のベッドでだ。いいね?」
 「……うん」
 そんなの嫌だなんてあるはずない。
 「いいんだけど。それで俺がどこまで我慢できるか、…だな」
 「別に…その…我慢しなくても…」

 「いや。まだだな。唯がいいと思えるまでは我慢するさ」
 いいと思える…?今だって別にダメとは思ってないのに。それとも唯が子供だから…?
 「なるべく早くな?」
 「だって…いいのに…」
 くすりと航さんが笑って唯の身体を抱きかかえて横になった。

 「暑くないか?」
 「うん。…気持ちいいよ…」
 航さんの腕の中ですりと航さんに擦り寄ると航さんの腕が唯の背中を撫でてくれている。
 …やっぱり子供だからだろうか?まるきりこれじゃ小さい子供みたいだけど気持ちいいので断る事も出来ない。

 そうしているとすぐに唯の目がとろんとしてきた。
 航さんが額や瞼にキスしてる。くすぐったいけどやっぱりどれもが気持ちいい。
 どうして航さんといるとこんなに気持ちいいし、嬉しいのだろう。
 そんな事を思っているうちにあっという間に意識は遠のいてしまった。


 はっとして目覚めると唯は航さんの腕の中にすっぽりと入っていた。
 親は二階まではこないので航さんが眠っているしこのままおとなしくしてようと唯はじっと目の前の航さんの顔を見た。
 目を閉じてても精悍な顔つきだと分かる。かっこいいな、とこの人が自分の恋人だと言ってくれるなんて…と一人で照れてしまう。
 くっと航さんの眉が顰まり瞼が震えた。もう起きるのだろうか?

 「…航さん…?」
 小さく呼びかけると航さんが目をゆっくりと開けた。
 「…唯…おはよう」
 「おはようございます」
 小さく唯が言うと航さんがぎゅっと唯を抱きしめてくれた。

 今は唯の自宅だけれど、明日になれば唯は航さんのマンションに一緒に住むようになってこうした朝が毎朝になるはずだ。
 勿論航さんの仕事の都合でいない日もあるかもしれないけれどそれでも今まで一人ぼっちだった事はなくなる。
 「早く航さんのところに行きたいな…」
 「…また可愛い事を言うし」

 航さんが唯の額に軽くキスしてくれる。キスももういっぱい何回もあちこちにされて数える暇もない位だ。
 舌を絡めた大人のチューはまだ一回だけだけど…。
 「一緒にマンション行くか?ついでに荷物も少し持っていこうか?」
 「うん」

 荷物といっても持っていくのは主に着替えだろう。あとはゲーム位か。
 唯は起き出して階下に行くと袋を手に部屋に戻り、服を詰めだした。
 「やる事早いな」
 航さんは布団を片付けながら笑っている。

 「早くしないと小木さんと光流きちゃうよね?」
 「まだ時間が早いから大丈夫だろ」
 そう言いながらも航さんは唯を止める事はしない。
 「今日は一人で我慢だな。明日の夜からは一緒だ」
 「……うん」

 別に航さんのベッドで寝るなら今日からでもいいはずなのに、きっと航さんは親の為にわざとそうしたんだと思う。そんな事いいのにな、なんて思うのは薄情だろうか?
 でも航さんが唯の事を考えてくれた事で、それに反対する事はしない。
 少しの着替えは置いていくことにしてクローゼットの中から服を袋に仕舞った。

 そうはいってもあんまり服も数多く持っているわけでもないのですぐに終えてしまう。
 「なんか…簡単に終わった」
 「唯は余計な物ないんだな」
 「そうだね。航さんの部屋もないよね」
 「ないな。でも二人でいればもっと増えていくかもな」

 そうかもしれない…。
 唯はこくんと小さく頷いた。 

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