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追憶の彼方には戻らない 77

 部活には出ない光流と一緒に乗り換えの駅で改札を出て大きな本屋に向かった。
 簡単に作れるお弁当とおかずの本を中を見て唯にも出来そうかなというような本をチョイスする。
 包丁にもまだ慣れないし火加減なんかもちょっと難しいのでレンジを多く使って簡単そうなレシピが載っているものだ。
 じっくり中を見て今日にも出来そうだと思うようなメニューを見て唯は帰りにスーパーに寄って行こうと決める。
 光流はつきそいだけで唯が目的の本を買った後に店を出た。

 「夕飯作るの?」
 「うん。僕でもできそうだから…」
 「そのうち俺にもご馳走してね」
 「うん」
 今日早速って言わない所が光流だな、と思う。

 ずうずうしい感じがするのに実際は光流は気遣いが細やかだと思う。本当に唯が嫌な事は言わないし、唯の力の事も口にしない。触れるのも唯が嫌がるのであからさまじゃない位に唯には触れないようにしているのも分かる。
 やっぱり大人だな…と思ってしまう。
 唯なんか航さんにはべったり甘えまくっているのに…。

 「あら!光流くんじゃない」
 女の人の声が聞こえて光流も唯も足を止めきょろりと周りを見た。
 「あ…亜矢加さん…」
 光流がちょっと複雑そうな表情を一瞬だけ浮べた。

 「…光流…知り合い?」
 「…とういうか、…刑事。叔父貴の同僚」
 唯が聞くと光流が小さく答えてくれてその間にその女性がまっすぐ光流に近づいて来た。
 「久しぶり!元気?高校生になったんだね!」
 「元気ですよ?そう、やっとね」
 光流がにっこりと笑顔を浮かべ、そしてちょっとだけ唯から離れた。

 「?」
 今だって別に唯と触れる事はなかったのにわざわざ唯を避けた…?
 「この子は…?同じ制服ってことは同級生?」
 「そう」
 「初めまして。久保 亜矢加です」
 「……紺野 唯です」

 きっぱりはっきりしゃきしゃきな感じで仕事が出来ます、という感じだ。刑事というのも頷ける。
 「…可愛い!光流くんの同級生…」
 きっと光流と同じ年に見えない、とか思っているのが目に見えそうな位に唯の事をじっと女性が見ていた。
 「もしかして航が預かることになった子?」
 「聞いてるの?」
 光流が少しだけ目を見開いた。

 「なんか小木くんと話してたの聞こえた。う~わ~可愛い子だねぇ!男の子なのに肌とか…なにこれ…」
 亜矢加さんという人が手を伸ばして唯の顔を撫で始めた。手を退けたかったけれど、初対面の人、しかも光流の知り合いで航さんの同僚と聞いては邪険にできなかった。
 事情も知らない人にそれをしたら不審に思われる事も分かっている。

 〝本当に男の子だ。同棲はじめたのかと思ったけど…違ったんだ。航が誰かと付き合い始めたのかと思ったけど…違うんだ〟

 ほっと安堵したような声が聞こえてきた。
 「すべすべ~」
 「ちょっと亜矢加さんやめなよ?セクハラだよ」
 「あら…そう?いいじゃない」
 「よくないって」
 光流が触るのをやめさせようとしているのが分かった。

 〝嫌で別れたわけじゃない…〟
 「…え?」
 目の前に立っていた亜矢加さんの顔を思わず唯はじっと見てしまった。
 「うん?」
 亜矢加さんがそんな唯に視線を返した。
 〝航とこの子が一緒に…〟

 「亜矢加さん!」
 光流が唯を触っていた亜矢加さんの手を掴んで離した。
 「むやみに触らない」
 「減るもんじゃないしいいじゃない。光流くんのは別に触りたいとは思わないけど、この子可愛いんだもん」
 唯の前に立つ女の人は唯よりも身長が高いらしい。目線が少し上を向いてしまう。

 「今日は仕事休み?」
 「そう」
 光流と亜矢加さんが話すのを黙って聞いていた。
 この人は航さんの事ばかり考えてた。嫌いで別れたわけじゃないって事は航さんと付き合ってたんだ…。それに唯が一緒に住むのも男だからって安心してたみたいで…。
 嫌な気持ちが唯の中に広がっていく。

 「あ、ごめんね?気分悪くしちゃった?」
 「…いえ」
 顔を俯けた唯に気づいて亜矢加さんがごめんねと謝ってきたけれど唯は顔が見られなかった。
 「おとなしい子なのね。うーん…ホントごめんね」
 「だからやめろって言ったの」
 唯は亜矢加さんを避けるように少しだけ後ずさった。

 「唯?大丈夫?」
 「…大丈夫」
 「なにそれ。私は病原菌か?」
 「そうじゃないけど。亜矢加さんじゃあね、唯行こ」
 光流が亜矢加さんから離れようとしてくれるのにほっとした。

 「ごめんごめん!じゃあね!」
 そんな唯と光流にも亜矢加さんはからりとして手を振っていた。
 …航さんと付き合ってた人…。
 多分間違っていない。それが唯の中に暗い影を落とした。
 
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