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追憶の彼方には戻らない 78

 航さんと同じ刑事で、きっと仕事も出来るんだろう。はっきりしてからっとしていて綺麗な人だった。
 「唯?」
 「ん?」
 光流が心配そうな声で唯を呼んで唯は顔を上げた。
 「何?」

 「…なんでもない…」
 光流はきっと触られた時に唯が何かを感じ取ったのではないかと心配しているんだ。きっと光流も航さんとあの人が付き合ってた事を知ってる。
 「勉強先週休んだ分で分からないとこ教えて?」
 「勿論いいけど…」

 唯は聞こえた事は内に秘めそう切り出すと光流が安堵したように笑った。人の声が聞こえた事の内容を誰かに言うなんて出来ない。事件のときは航さんに言ったけど…犯罪に関与しているわけでもないし、個人的に思っていた事だから…。本来はそんなの聞こえるはずない事なんだから。

 考えちゃいけない、と思いながらも唯自身はどうしてもきになってしまうのは当たり前だ。でも…本当はそれを考えちゃいけない。
 そう思っても航さんと付き合ってたんだという事実に唯はかなりショックを受けた。

 光流だって彼女がいたって言ってたけど、相手が見えたわけじゃなかった。それに今は誰もいないらしいと聞いてた。でも亜矢加さんは嫌で別れたんじゃないって…というより未だ航さんの事が好きなんだろうと思う。同棲じゃないかと思ったって…唯が男でよかったって…。そんな事思う位に…。
 「唯?」
 光流がまた心配そうに唯を見て唯ははっとした。

 ダメだ。今は考えるのはよそう。
 「航さんに成績表見せろって言われて…どうしようって感じなんだけど…」
 唯が話題を振ると光流があからさまに安堵した様子を見せた。
 「唯なら大丈夫じゃない?上位に来ると思うよ」
 「…だといいんだけど…光流は自信ありそう」

 「まぁね。いいとこいくでしょう」
 自信家だ…。でも実際にきっと光流はそうなのだろうとも思う。
 「でも光流ってあんまり勉強ってしてなくない?」
 「うん。たいしてしなくても分かるから」
 「………ずるい!」

 「元の出来がいいもので」
 「…羨ましい…」
 はぁと唯が溜息を吐くと光流も笑いながらもほっとしてるらしい。
 やっぱり光流がそんなに気にかけてるって事はそうなんだ、とますます唯の中がどろりとした。
 でもそれを出さないように気をつける。

 「ね。スーパーに寄っていい?」
 「何?晩飯用?」
 「うん。さっき買った本に簡単に出来そうなの載ってたから」
 「ケナゲ~!叔父貴はそれでまたヤラれちゃうんだ、きっと」
 「別にそんなんじゃ!ただ…置いてもらってるし…」
 「置いてじゃないでしょ。かっさらってきたんだもん」

 「……」
 どっちでもいいけど、とにかく航さんの負担にはなりたくはないに決まっている。それにあの人はまだ航さんが好きかもしれないけど今は航さんは唯の事を大事にしてくれているし好きと言ってくれたんだから。
 それはちゃんと唯だって分かっている。

 気にしちゃいけないと唯はどろどろになってしまいそうな心をごまかし、光流に積極的に話しかけるようにした。
 航さんのマンションの近くの駅まで再び電車に乗って光流と一緒にスーパーに寄って買い物をしてから航さんのマンションに帰る。
 「ただいま…」
 航さんがいるわけじゃないけど小さい声で玄関を開けた時に挨拶する。ここに唯は帰ってくるんだ。そして航さんが帰ってきたらおかえりなさいって迎えるんだ。

 一人でそれが照れくさくていると光流が隣で呆れた顔をしていた。
 「唯…嬉しそうね…」
 「……うん」
 否定する事も出来ないので素直に頷き買ってきた食材を冷蔵庫に片付けた。
 「コーヒー入れる?」
 「うん。あ、唯の部屋ってどうなった?片付けに来た時はなんもなかったけど」

 土曜日は手伝いに光流も来てくれたけど、昨日は家具屋さんが配達にきて光流は手伝いなしだったから部屋がどうなっているかは見ていなかった。
 光流と連れ立って唯の部屋に入る。
 「ヘぇ…片付けた時は何もなかったけどちゃんと机もベッドもあるんだ」

 「うん…。航さんが新しく用意してくれたみたいで…僕は自分の部屋から運んでよかったんだけど…」
 「自宅の方はそのままなんだ?」
 「うん、航さんがそのままにしといたらって…」
 「ふぅん。唯ってば貢がれてるね」
 「……」

 そうなんだろうな…。
 「それでご飯作りとかがんばっちゃうんだ?ほんと可愛いんだから!」
 ぷぷっと光流に笑われた。
 
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