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追憶の彼方には戻らない 80

 光流が帰った後唯は買ってきた本を料理本を広げて四苦八苦しながら用意を始めた。
 魚を買ってきてホイル包み焼き。魚に塩コショウしてシメジは割いて乗っけてトースターに突っ込むだけ。ほうれん草をバターで炒めて…。でも炒め過ぎたのかかなり暈が減って水も出てしかも時間が経ってきたら色も変わってかなり美味しくなさそうな感じになってきた。

 サラダはキャベツの千切りなんか出来ないのでコールスローを買ってきてレタス敷いてトマトも乗っければ見栄えもよくなった。
 「一応出来る…かも…」
 初めてのご飯の用意だけどちょっと自分で自分を褒めたくなるように満足した。

 お風呂洗って航さんのベッドも直して…。
 掃除もした方いいんだろうけど掃除機どこだろう?と思いつつ人の家の中を開けて探すのもちょっと、と思い航さんが帰って来てから聞く事にする。

 航さんからいつ連絡が入ってもいいように携帯は常に持って歩く。
 段取りはきっとあまりよくないだろうけど慣れればどうにか自分でも出来そうだと唯は一人で満足していた。
 時計を見れば7時過ぎ。そして携帯が鳴った。
 慌てて携帯を見れば航さんからメールで今から帰る、だった。

 気をつけて、とだけ返してダイニングの椅子に腰掛けた。
 光流が帰った後余裕なく動いていたおかげで帰りに会った亜矢加さんの事を忘れていたけど、落ち着いたら思い出した。
 でも航さんはキスしてくれるし、こうして唯を近くに置いてくれるんだから…。嫌いで別れたんじゃないといってもきっと航さんの中では終わってる事のはず。きっと。…多分。

 人の心の中を覗いてしまった疚しさに唯は項垂れた。
 本当ならそんな事知らなくていい事なのだからそれを航さんに確認する事も出来ない。
 それにそんな事を聞いてもどうしようもない事だ。
 気にするな、と唯は首を横に振った。

 考える事は色々ある。大学の事だってそうだし、これからの事も。
 もっと近いところではこれからの夜ご飯の用意とか、お弁当だ。
 光流とスーパーに寄った時に冷凍モノも買ってきた。確かに詰めるだけでいいし、今日みたいにほうれん草炒めとか入れてもいいかもしれない。ウィンナーとか焼いてそれを入れれば十分だ。
 そんな事をぼうっとして考えていたら玄関が開く音がして唯はぱたぱたと玄関に向かった。

 「お帰りなさい!」
 「…ただいま」
 航さんだ!
 「ん…?」
 航さんが鼻をひくつかせた。トースターにセットしてた魚の焼ける匂いが部屋に充満してたからさすがにすぐに気づいたらしい。

 「…どこか食べにでも行こうかと思ってたんだが…」
 「え、と…作ってみた…。でも!初めてだし!味とかわかんないからっ」
 かぁっと顔が赤くなってくるのが自分でも分かったけれどそれを止める事は無理だ。
 「ありがとう」
 航さんが蕩けそうな笑顔を向けてそう言いながら靴を脱ぐと唯の頭をよしよしと撫でる。
 そんな事されたらさらに恥ずかしくて顔も体も火照ってくる。

 「お、風呂も洗ったから…先、航さんお風呂…」
 なんか物凄く恥かしくて声が小さくなってしまう。
 「後でいいよ。着替えてくる。」
 もう一回さらりと航さんが唯の頭を撫でてスーツを脱ぐために寝室の方に姿を消して唯はほっとしてしまった。
 なんか恥ずかしい!と思いつつもご飯の用意!と唯はぱたぱたとキッチンに向かった。

 もう一回トースターで温めて、ご飯をよそってとダイニングテーブルに並べていく。
 いいけどどうしてこんなに恥ずかしいんだろう。
 でも今はとにかく初めて作ったご飯の味が気になってそっちの方で落ち着かなくなる。

 「………味ない…」
 塩コショウしたはずなのに魚に味がついてなかった。
 むぅっと唯が口を尖らせると航さんがくすりと向かい側で笑っている。
 「全然大丈夫だよ」
 「………」
 大丈夫じゃない。…と思う。

 「レモンとかポン酢かければ十分だと思うよ」
 「…ごめんなさい」
 「いや謝る事なんてないよ。おいしい」
 航さんは優しい。

 「…ここで晩飯なんて昨日が初めてだからね。今日は唯の初めての料理で…初めてづくしだな」
 「え?…初めて…?」
 「そう。ほとんど外でしか食べた事なかったから。だから昨日買い物で調味料とかもいっぱい買っただろう?」
 確かに細々と色々な物を昨日揃えたんだった。

 じゃあ亜矢加さんはここに来なかったのだろうか…?
 航さんの初めてという言葉にちょっとだけ唯の気持ちが浮上した。
 
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