それなのに…足りないな…なんて思うのは…。
「我儘だ…」
だしの素という存在を知って味噌汁も作るようになっていた。乾燥わかめを放して刻んだ油揚げを入れるだけの簡単なものだけど、包丁もいくらか慣れた気がする。たまに指を切りそうに危ない時があるけれど、今度はカレーとかも作ってみようと包丁を使う挑戦も少しずつスキルアップしてる。…はず。
味噌汁を沸騰させないように気をつけながら今日作ったものをレンジで温めていく。
本当は航さんが帰って来てから作って出来たてを出せればいいけど、まだもたもたしている唯には焦って上手く出来ないだろうという自覚があったので時間の余裕を見て作っておく事にしていた。
豚肉のソテーは切り身を焼いてタレを絡めただけだし、サラダは毎度同じくコールスローにトマトだ。包丁を上手く使う自信がないので無理はしない。けれど、テストも終わった事だし、もう少しチャレンジしてもいいかなとか思いながらダイニングのテーブルに並べていると着替えを終えた航さんが姿を見せた。
いつもスーツ姿の航さんは部屋着はTシャツにスウェットのパンツ。暑くなってきたのでパジャマ兼用らしい。
「いつもありがとう」
「…いえ…」
テーブルに並んだご飯の前にそんな事を言われるとどうしようもなく恥ずかしくなってくる。たいした事はしてないのにいつも丁寧にそういうコトを言ってくれる。照れくさいけどでもやっぱり嬉しい。
「テストはどうだった?」
ダイニングに向かい合わせで座って航さんが箸を動かしながら聞いて来た。
「…多分大丈夫かな。赤点はないよ。あとはどれ位点数がいってるかだけど…どうだろう?悪い感じはなかったけど…。光流はほとんど満点近くいってるみたい」
航さんが苦笑した。
「航さんもあんまり勉強なんてしなかったの?」
「うーん…まぁ…」
頭がいい一族なんだろうな、と唯は小さく溜息を吐き出した。
「ずるいよね…」
ぷっと航さんが笑った。
「よく嫌味なやつだとは言われたな」
「…ほんとだよね。おまけに背は高いしカッコイイし。ダメなとこ一つもないもん」
「唯は可愛いからいいと思うけど?」
「…光流も可愛い言うけどそんな事言われても…。小さい頃はうれしかったりしたけど…。僕だってそんなに背だって小さい方でもないのに。真ん中位だよ?光流と航さんが大きすぎるの」
航さんがくっくっと笑い始めた。
「背の事だけじゃないんだけど…。クラスでは相変わらずあんまり話とかしない?」
「しないよ。だって…知られたら困るし…」
「…そうか」
航さんが笑いを引っ込めて頷いた。
航さんの声が聞こえなくて本当によかったと思う。
亜矢加さんに会ってからずっと唯の心には小さい棘が刺さっていた。もし航さんに触れたときに航さんが亜矢加さんの事を考えていたりしたらきっと唯は航さんから逃げ出す。
心の中まで全部自分の事だけ思ってて欲しいなんて航さんとまだちゃんとした恋人にもなっていないのに、そんな事思うのは我儘で自分勝手な事だけどでもそう思ってしまう。
反対に航さんの唯の心の中を読まれたら引かれちゃうだろうか…?
こんなに独占欲が強くて、亜矢加さんの存在に嫉妬してるなんて。
「唯?」
「あっ…」
箸が止まると航さんがどうした?と唯を見て唯は首を横に振りながら箸を動かした。
「何か気になる事でもあるのか?ここの所ずっと上の空が続いてるな…。疲れたか?テストだけじゃなくてご飯とか家の事もしてるし…」
「ううん!それはいいの!疲れてもないよ?かえって僕にも出来る事があって嬉しい位だし」
「…そうか?俺は毎日帰ってくるのが楽しみだけど。今までまともに帰ってきた事がなかったからな…。小木のは馬鹿にされるし同僚にも天変地異だ、なんて言われてるけど」
「ええ?」
唯はずきんとまた心臓が痛んだ。その同僚の中に亜矢加さんは入っているのだろうか?…というか亜矢加さんから航さんに言ってるんじゃ?
「あ、の…そういえば航さんの同僚の人に、会ったよ…?光流と一緒にいた時」
「ああ。そうらしいな」
航さんはするりと肯定してやっぱり聞いてたんだ、と唯は顔を俯けた。
「唯の事可愛い可愛い言ってたな」
「………」
別れたといっても同僚なんだから話だってするのだろうけど…嫌だな…と唯は項垂れた。
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