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追憶の彼方には戻らない 89

 「んっ」
 航さんにきゅっと肌を吸われて声が漏れる。
 「唯…欲しい。いいか?……って言ってももう止められないけど」
 「いい…。キス…して欲しかった…から…」
 「キスだけ?」
 「い…意地悪…」

 そんな事言われても唯はどうしていいかわからなくなる。なにしろキスだって航さんが初めてなのに!それでもキスよりももっと、と思ってしまう。思うけどそれを口にするのにはちょっと勇気が…。キスして欲しいと言うのだってやっとなのに。
 航さんがくすくすと笑いながらも唯の肌に唇を這わせているだけで肌がざわついている。

 「んっ…くすぐったいっ」
 ぺろと舐められキスを首から鎖骨と航さんはあちこちに落としていく。
 でも…航さんはいいのだろうか…?楽しい…?
 それでなくとも女の子じゃないし、体だって薄っぺたい脆弱な作りなのは自分でも分かってる。
 だからといって筋肉質を求めてるはずもないとは思うけど…。

 「航さん、は…?」
 「ん?」
 航さんが顔を上げて唯を見た。その視線は熱を帯びているように見える。
 「え、と…いいの…かなって…」
 「何が?」
 …体、とは言えずにもじもじとすると航さんが意地悪そうな笑みを浮べた。

 「うん?唯の体に勃つかって事?」
 「ぁっ…う……」
 そんな直接的な事を言われるとは思ってなくて唯はしどろもどろになってしまうと航さんがまたくすくすと笑い出した。
 「いいに決まってるけど?…ほら」
 ぐいと唯の横たわった体に航さんが腰を押し付けてきて、しっかりそこが硬く熱を帯びているのが唯にも分かった。

 「あ……なら……いい、けど…」
 「唯は顔真っ赤だな。…そういえばキスも俺が初めてだって言ってた…。で…唯はどうかな…?」
 「あっ!や、めっ…」
 航さんがまだパジャマの下を穿いていた唯のウェストから手を中に差し入れてきた。
 「お…ちゃんと反応してる」
 楽しそうに航さんが呟いたと思ったら一気にズボンを下げられた。

 「あっ!」
 嘘っ!
 慌てて手を伸ばして前を隠そうとしたらすぐに航さんの手が隠そうとした唯の手を取り上げる。
 「ダメ」
 にいっと航さんが本当に楽しそうな笑みを浮べた。いや、楽しそうなんだけど…なんか黒い…感じの意地悪っこみたいな顔だ。

 「唯…本当に嫌ならやめるけど…?」
 「や、じゃない!……恥ずかしい、だけ…」
 「…優しくないけど?」
 「意地悪だけど…いい…。そんな事位で…嫌とか嫌いとか…ならないよ…」
 「………そんな事?」

 航さんが笑いを引っ込めてじっと唯を見つめた。
 「そんな事だよ?…だって航さんは航さんだもん…違うの?」
 「いや…そうだけど…。思ってたのと違う、とか…唯は思わない?」
 「え?違う…とか?…別にそんな風には思わないけど…ただ…ちょっと意地悪だって、は…思うけど…」
 だからって嫌だとは思わないし…。

 唯は航さんが何を言いたいのか分からずにきょとんとした。
 「…そうなんだ…?」
 「…うん」
 「じゃあ俺がかっこ悪い事したら?」
 「かっこ悪いこと?……航さんがかっこ悪い事…ううん…?…例えば?」
 航さんのかっこ悪いところなんて見た事ないけど…。

 「例えば……うーん…犬に追いかけられて逃げた、とか…?」
 唯はぷっと笑ってしまった。
 「そんなの想像できないけど…でも犬が苦手だったらそれは仕方ないでしょ?僕が助けてあげる。僕は犬苦手じゃないし」
 「………」
 航さんもくすりと笑って、そして唯の肩口に顔を埋めてきた。

 「航さん?」
 「…どうして唯はこんなに可愛いのに男前なんだろう?」
 「男前!?…そんなの初めて言われたけど…」
 「あ、見た目じゃないぞ?見た目は綺麗で可愛い、だ。でも芯がしっかりしてるというか…ここが揺ぎ無くて男前だ」
 ここ、の所で航さんが唯の胸を指でとんとんと叩いた。

 心臓?心?
 「…そう…?ぐだぐだ一人で悩んで閉じこもってるだけだと思うけど…」
 「違うよ。唯は勇気もあるし、腹を括ると逃げるなんてことはしないし。俺なんかよりもずっと大人だ」
 「……それはないと思うけど」
 「見た目はな。でもそうだ。悩むといっても根底は揺るがないんだから…。俺よりもずっと唯の方が肝が据わってるよ」

 「……なんか…それ…褒められてるのかなぁ…?」
 「勿論。唯のそういう所が好きだよ。俺は逃げるのが得意だから…。自分から追いもしないし。でも唯だけは違う。欲しいと思うし逃げたら追いかける」

 「…逃げる?航さんから?それは絶対ないよ?僕だって…航さんに比べたらずっと子供だけど…人を欲しいと思ったのは初めてで…多分もう誰にもこんな風に思う事ないと思う」
 「唯…」
 航さんの声と一緒に唇が重なった。
 
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