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追憶の彼方には戻らない 95

 航さんが朝ごはんの用意をしてくれているらしい。
 弁当作るために毎日航さんよりも早起きしていた唯がずっと朝ごはんも用意していたんだけど、今日は唯は動けそうにないので無理だ。

 航さんは寝室のドアを開けっぱなしで行ったのでコーヒーの香りや目玉焼きか何かが焼けたような匂いがしてきてお腹すいた、と唯の食欲が刺激された。

 「唯?起きられるか?」
 「…うん…。多分…」
 用意が出来たのか航さんが寝室に来てベッドの端に腰掛けながら聞いて来た。
 別に足に力が入らないのと体が重いのと、後ろにまだ何か入ってるような感じがするだけで具合が悪いわけじゃない。
 のそりとベッドから起きようとしたら航さんが自分のTシャツを着せて唯を抱き上げた。

 「あっ」
 「連れてってやる」
 航さんが楽しそうに笑いながら唯を横抱きにした。着せられたTシャツは航さんのらしくぶかぶかで、膝までとはいかなくてもお尻まで確実に隠れる。

 ダイニングの椅子にそっと体をおろされると航さんはコーヒーを入れ、焼きあがったパンをトースターから出してきた。
 恥ずかしいなぁ、と唯がもじもじしてると航さんが向かい側に座った。
 「どうぞ」
 「……イタダキマス」
 でもお腹が減ってたので唯はおとなしくなるべく航さんを見ないようにしながら食事を進めた。

 「…唯?」
 「え?…な、なに…?」
 顔を上げないで答えると航さんがはぁと溜息を吐き出した。
 「…嫌になった?」
 「え!?」
 驚いて顔を上げると航さんが驚いた表情をしていた。

 「あれ…?違う?」
 「嫌…って、航さんを…?…ならないって言ったでしょ。ちょっと…ううん…かなり…恥ずかしい…だけだったば…」
 言葉が段々と尻すぼみになっていく。こんな事言うのだってかなり恥ずかしい。
 だって昨夜の事を思い出せば思い出すほど自分の言った事とかされた事とかが頭の中をぐるぐるしてしまう。

 身体中舐められたりキスされたり、あんなとこに航さんを受け入れて感じまくったり…そんなの思い出すだけでいたたまれない。
 「…なんだ…。意地悪しすぎて嫌われたかと思った。最後の方なんかもう許してとか言われちゃったし…」
 かぁっと唯の体温が上昇していく。

 「そ、そぉゆう事…言わないで…。恥かしすぎる…」
 小さく抗議するけど航さんはくすくすと笑うだけだ。
 「嫌われたんじゃないならよかった」
 「…ならない、よ」
 むしろ航さんはよかったのだろうかと思うくらいだ。

 いっぱいいっぱいされたから唯との事がダメって事はないかとは思うけど。
 いたたまれない気分のままご飯を食べ終えると航さんが唯をまた抱き上げた。
 「ベッドに戻るか?ソファにいる?」
 「…ソファでいいかな…」
 航さんが頷いてリビングのソファに運んでくれた。

 「片付けてくるから」
 「…うん」
 ソファにとぽんと腰掛けていたけれど体が重くてずるずると横になった。
 航さんは上機嫌らしく食器を片付けるとそのまま洗面所の方に消えた。電子音がして洗濯機を回してきたらしい。

 それにしても嫌われた、とか言う航さんに唯は顔を顰めた。
 どうしてそんな事ばかり言うのだろう?
 嫌いになるなんてないのに…。体は重いけれどでも心は充実している。でも唯は初めてで航さんしか知らないけれど航さんは初めてじゃないわけで、あんな風に亜矢加さんも抱いたのだろうか…?

 そんな事を思ってしまって唯はふるふると頭を横に振った。
 「唯?どうした?」
 そこに丁度航さんが戻ってきて航さんがソファに座った。
 「…航さん」
 唯は重い体を起こして航さんの膝によじ登った。航さんの全部が欲しい。他の人なんか考えないでほしい。

 そんなの傲慢だとは思うけれど…。
 「…唯」
 航さんが唯を膝に乗せて抱きしめてくれ、唯は航さんに体重を預けるようにして腕の中に納まった。
 「…本当に大丈夫か?痛くない?」
 「……痛くはないよ。体は自由がきかない位重いけど…嬉しかったし」
 「今日はおとなしくだらだらしてような?」
 「…ん」

 動くのは多分無理、と唯も頷く。
 「べたべたしていい…?」
 航さんと繋がるだけじゃなくてこうしてただくっ付いているのだけでも唯は好きだ。
 「ダメなんて言うはずないだろう」
 航さんがくすりと笑って唯の頭にキスしてくれる。

 「ちょっといい年して無茶ぶりだったな…」
 「…いいもん」
 全然いい。航さんに欲しいと思ってもらえるならいくらでも。
 
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