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追憶の彼方には戻らない 96

 「初めは…唯の目に惹かれたんだ」
 航さんが静かに唯の耳元に囁いた。
 「俺は小さい頃から冷めた子供で、誰かにも自分にも執着する事がなかったんだ」
 航さんの小さな独り言のように呟く声を唯は黙って聞いていた。

 「付き合った相手も何人かいるけど、自分から欲した事もないし…。それは誰彼かまわず全部だ。家族にさえどこか冷めていた。愛情なんて自分の中にないんだと思っていた」
 「ええ?…そんな事ないでしょ?」
 光流にだって航さんは愛情を向けてると思うけど…。

 「あるんだ。一応家族にはそれらしく見えるようになってるとは思うが…心のどこかでは冷めているんだ。誰が近づいてきても去っても俺にはダメージはほとんどない。そんなんだから付き合っても長続きするはずもなくて。…言っただろう?ここで誰かとご飯食べるのは唯が初めてだと。誰も自分の中にまで入れた事はなかったんだ。それに光流が言ってただろう?唯に対する俺に向かって誰コレ?って。本当に自分でも誰コレ?って感じだったんだが…」

 「んんん?」
 どういう事?と唯は頭を傾げた。
 「初めて会った時の唯の目がね…必死で何かを訴えようとしてた」
 「ああ…うん…。だって声聞いちゃって…気分悪くしてたら航さんが来てくれてそしたら声は聞こえないし、警察だって言うし…。もう言うしかない、と思ったんだけど…。でも航さんに変な目で見られるのが嫌で…言えなくて…」

 「どうしてこんなに必死でひたむきな目なんだろうって…唯と別れてからも引っかかって…。光流と同じ学校だったからすぐに光流に連絡して。…でも電話がかかって来る事なくてちょっとがっかりしてたんだけど?」
 「……そ、そう…なの…?」
 「そう」
 航さんがくすくすと笑っていた。

 「なんか自分が高校生の可愛い子を気にしてるってのが自分でもおかしくて。でもずっと唯の目がね…忘れられなくて引っかかってた。多分もうそこで唯に捕まってたんだろうね」
 なんか恥ずかしい、と唯は航さんの腕の中にさらに潜りこんだ。

 「僕は…光流に航さんの電話番号聞いて…いつでもこれで繋がるんだって…嬉しくて…番号いっつも眺めてた」
 「かけてくれなかったけど」
 「だ、だって!」
 「…うん。でもかけてくれたんだよね。内容にビックリしたけどな。犯人知ってるってどういう事かと頭が混乱したね」
 「…だよね。信じてもらえないかも、って思ったし…信じられてもきっと変な目で見られるだろうって思ってた…」

 「それでも唯は言ってくれた。その目を見て信じないはずないだろう?唯が嘘をつくような子でもないし、自分の為だけに言うような子じゃないって目だけで分かったよ。初めて会った時の目がそうだったんだ、と納得したね。そして同時に俺が唯だけの特別なんだ、と分かったらそりゃあもう浮かれたね」
 「…浮かれた…」

 航さんが浮かれるって似合わないなと思いながら唯が呟くと航さんが苦笑した。
 「自分が…そんな風に誰かを信じるとか…守ってやりたいとか思ったのが初めてで戸惑った」
 航さんがそっと唯の頬に触れてきて唯は顔を上げた。
 「…そうなの…?…本当に…?」

 「ああ。…唯に対して…怖かった。今まで付き合ってた相手には…思ってたのと違うとか、冷めてるとか…自分でもそうだろうな、と思ってた事だから今までは何とも思った事はなかったんだが…。唯にもそう思われるんじゃないかと不安だった」
 だからあんなに昨日は唯に確認するような事を言ってたのだろうか…?

 「でも唯が俺は俺だ、と…」
 「航さんは航さんだよ…?」
 意地悪言ったのは唯がそれも受け入れて許すか試されていたのだろうか…?
 「…嫌…じゃなかった…か?」
 「ないよ。言ったでしょう?…嬉しかったって。…あの…あとは恥ずかしかっただけ…だよ…」

 航さんが大事にしてくれたのは分かる。航さんも不安だったというのが分かればさらに愛しさが増した。
 大人な航さんでも不安だったなんて…。
 唯がそっと航さんの頬を包んで軽くキスした。
 「好き…」

 「唯…」
 航さんもキスを返してくれる。何度も軽いキスを繰り返した。
 「あっ!…だ、め…っ」
 するりと航さんの手は膝の上に乗っていた唯の尻を撫でた。そういえば下着をつけてなくて上の航さんのTシャツで隠れてただけだったんだ。

 「……だよな。危ない。またスイッチ入るとこだった…」
 くくっと航さんが笑って手を離した。
 体は重いのにちょっとそれが寂しいとか…。
 「ホントは…いいんだけど…」

 「こら。つらそうなのにそういうコトは言わない。俺を甘やかしちゃだめだぞ」
 航さんが唯を抱きしめながらそんな事を言った。

※すみません…朝にちょっと公開になってました^^;
 
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