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2012.08.11(土)
「明羅」
「ん…?」
身体を揺すられて明羅は目を開けた。
「おはよ…」
「おはよじゃない。夜だ」
え?と部屋を見渡せば外は暗くて部屋に電気がついており、怜がベッドの端に座っていた。
「あ…」
怜が寝てて思わず明羅も寝てしまったらしい。
「お前まで寝てるなんて」
くくっと怜に笑われて明羅はかっと顔が赤くなった。
「寝るんじゃなくて起こせばいいのに」
「なんか…眠くなった、みたいで…」
明羅はしどろもどろに答えた。
怜の顔を見てたら眠くなったなんて言えない。
しかも隣でべったりくっ付いて寝ていたはずだ。きっと目を覚ましたときに怜さんは驚いただろう。
「出来たのか?」
何が?と思ってパソコンの曲の事だと明羅は思い当たる。
「ううん、まだ。…まだまだ、かな」
「……なんだ」
怜はちょっと残念そうな顔をしたのに明羅は恥ずかしくて面映くなる。
「…そんな期待されても困るんだけど」
こんな?なんてがっくりされたら再起不能になってしまう。
そのためにも簡単には出来たとは言えない。推敲に推敲を重ねないと。
「ま、いいや」
怜がベッドから立ち上がった。
「昼寝して、これは夜はまず寝られないな」
確かに…。
「あ、ブログ放置してる。あとでやる?」
うえ~、と怜は嫌そうな顔をした。
「包丁持ってみるか?」
「………持った事は一応あるけど」
嘘だ、と怜がちろりと明羅を見た。
「嘘じゃないよ。…家庭科の授業で、位だけど」
「それは持ったうちに入らん」
「そんな事ないよ」
「じゃ、これ銀杏切り。出来る?」
「…………」
人参を手渡されても明羅には分からない。切った後の形は分かる。授業でやったから。
「……教えて下さい」
ぷっと怜が笑った。
「ピーラーで皮剥いて、頭落として…」
慣れた手つきで怜の手が鮮やかに動く。
この手があの音を出すのだ。
それなのに料理。
そして自分の手を明羅はじっと見た。
音も出せないし料理も手伝えない手。
「どうした?」
「…役に立たない手だと思って」
明羅が言えばまた怜は口端を歪めた。
「役に立つだろう?俺には扱えないものを扱える」
パソコンの事か、と明羅は思い当たるが怜が使えないのが不思議だった。
「それこそPCだって授業あったでしょ?」
「あったけど。…使えなくはないんだ。使おうとしないだけ。基本好きじゃないんだな」
「じゃああっちは俺をいっぱい使っていいから」
「そうしてくれ。そもそも言われてる意味が分からん。だから任せる。ほら、あとは均等に切ってくだけだ」
明羅は慎重にそっと包丁を扱うと怜は薄く笑って見ていた。
怜の電話がなった。着信音はただの機械音だった。
「はい…。ええ、大丈夫です。…はい、お願いします」
怜はすぐに電話を切る。
「明日調律だった」
「…午後?」
「そう」
そういえばうちのピアノもそろそろ音が狂ってきていた。
「やっぱり3ヶ月くらいで?」
「そうだな。すぐ狂う」
国産のピアノならもっともつだろうけどスタインウェイは日本では湿気が多いから中々すぐに音が狂ってしまうのだ。
じゃあ明日はピアノ聞けないか、とちょっと残念になる。
「けっこう微妙な音出してただろ?」
「……ところどころは」
「気をつけてもな…。こればかりは仕方ない。お前外国で弾いたことあるか?」
明羅は首を振った。聴いたことはあったし触ったくらいの事はあったがちゃんと弾いたことはない。
「全然違うぞ」
「…そう?」
「ああ」
話が聞きたい。もっと知りたい。
「そういえばピアノ協奏曲ってしないの?」
「大仰な事になってしまうから」
がくりと明羅は肩を落とす。
「……聴いてみたい」
「ん~~……面倒だな」
そんな問題じゃないと思うんだけど。
「でも怜さんとあわせるオケっていったら世界クラスじゃないとだめだから…やっぱり難しいかな…」
「…国内クラスじゃだめなのか?」
「駄目」
「買いかぶり過ぎだろう」
「そんなことない。だいたい絶対おかしいから!ショパンコンクール二位のピアニストが年1回コンサートだけで、しかも1箇所だけってありえない!」
そう!それこそ世界でコンサート活動しててもおかしくないのにここで料理してる。
ここ何日かの聴衆は明羅だけだ。
「…もったいなさすぎる」
明羅はじとりと怜を恨めしそうに見た。