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追憶の彼方には戻らない 103

 学校が終わるとむくれたまま唯は教室を出た。
 携帯を見れば航さんからメールが来てて学校の前の道路の先にもう来ているらしい。

 光流にはあんな事言われたけど、やっぱり唯は航さんが特別だし、航さんが好きだから別にいいんだけど。
 校門を出て下校の生徒が駅に向かって歩いていく中、唯は周りの道路をきょろりと眺めて車が止まっているのを見つけ小走りで走った。

 窓から運転席を覗き込むと航さんがいて唯の顔見ると乗れ、と顎をくいと上げた。
 ドアを開けてどすっと助手席に乗ってシートベルトをすると航さんが目を見開いて唯を見ていた。
 「おかえり。…どうした?」
 「ただいま!ううん!別に!」
 「別にって…感じじゃないな」

 出すぞ、と航さんが声をかけると車がゆっくり走り始めた。
 「唯が怒ってるのって珍しいな」
 「…怒ってるんじゃない…と思うけど…。だって光流がっ」
 「光流?」
 「…ん」

 「何言われたんだ?」
 「何…って…」
 むぅっと唯が口を尖らせる。
 航さんがいくら自分でも言ってた事だといっても言いたくはない。
 「…唯の事じゃないだろうな。…俺の事か?」
 「………なんで?」

 「唯は自分の事じゃ怒らないだろう?」
 …確かにそうかも。もし何か嫌な事と言われても自分の事だったら仕方ないなと思うかもしれない。
 「だって…航さんは叔父さんなのに」
 「ははん。人でなしとかそんなとこか?」
 「そこまでじゃないけど!」

 「ま、当然だな」
 くっと航さんが笑ってる。
 「自分でも自覚してるからな。別にそれで唯が怒る事はないだろう?」
 「だって…」
 「俺にとっては唯だけが別だから。後はその他大勢だ」

 それは嘘だと思う。だからといって航さんの感情を唯が全部わかるか、と言えばそうじゃないのも分かっている。
 「…ありがとな」
 航さんがくすりと笑いながら言った。
 「俺は別にどう思われてたっていいけど唯が気にしてくれるは嬉しい」

 そういう事を言われたら唯だって嬉しいと思う。むっとしてささくれたっていた心がふわりと浮上する。
 光流も航さんに対して遠慮もないからあんな事言えるんだ、とは分かっているつもりだけど。恋人の事をあんな風に言われたら唯は面白くない。
 …恋人…なんだよね…。
 一人で今度は照れていると航さんがちらっと唯を見た。

 「機嫌は直ったらしいな」
 くすっとまた笑われた。
 「…えっと…今日はどこに行くの?前に行ったとこ?」
 「そう。警視庁の本庁のほうだ。ああ、あと日曜は何も事件とか起きなきゃ俺は休みだからどっか行くか?先週は行けなかったし」

 「…うん」
 そんな事言われたら嬉しくてさらに浮上してくる。それに今日は金曜日で明日は学校が休みだ。今晩はもしかして…なんて期待してしまう。普通の日は学校があるからとキス位しかしてくれなかったけど…。

 頭の中で先週された事を思い出してエロい事考えてるなんて!と唯はふるふると頭を横に小さく振った。
 でも…気持ちよかったし…またして欲しい、なんて思ってしまうんだから…。キスだけだって、ただ一緒に寝るだけだってそれでも全然いいんだけど、やっぱりそれ以上もしてほしいな、と欲張りになってしまう。

 一人で期待して落ち着かないけど、それを航さんに悟られるのも恥かしくて顔を窓の外に向けた。
 車は警察車両じゃなくて航さんの車だ。
 「…仕事中じゃないの…?」
 「仕事中だけど唯の事は公にはできないからな」
 航さんは唯の聞きたい事をちゃんと分かっての返事だ。
 
 航さんに案内されて前に一度来たことがあった建物の中に入っていく。
 前の時はテンバっていたのでよそ見をする余裕がなかったけれど、今日はついきょろきょろとあちこちに視線を向けてしまう。

 「唯」
 くすりと航さんに笑われて唯は顔を俯けて航さんの後ろをついて行った。
 「航さんはここじゃない…?」
 「違うな。光流の親父がここ。俺は分署」
 「…なるほど」

 そういえば航さんはキャリア組じゃないって…。キャリア組とか唯にはイマイチ分からないけれど、位が上を目指すかどうかだろうという事位は分かる。そういう所は光流に聞いてみよう、と唯はエレベーターに乗りながら少し緊張した面持ちで航さんの横に立っていた。

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