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追憶の彼方には戻らない 107

 「小さい頃からって言ったけど、生まれてからずっと?」
 口を開こうとした唯に先に江村さんから話しかけられた。
 「え?あ、…多分、そうだ、と…小さい頃は口に出していった事と考えている事の差が分からなかった…かも…」
 「……気味悪がられたり…」
 「しました。…親にも」

 「……同じ。俺も小さい頃からだから。親にも周りにも気味悪がられた」
 同じなんだ、自分だけじゃなかったんだ、と唯は仲間意識のようなものを江村に持った。
 そして江村もそれは同じらしい。さっきよりも唯を見る視線が柔らかくなった気がする。

 「…僕が余計な事言ったりして…誰かに変だろか言われると親は逃げるように引越しして…物事がいくらか分かるようになってからは言わないようにしてたけど、やっぱり引越しは繰り返して…」
 「…俺は親がちょっと金持ちでね。俺が変な事しても見て見ぬふりって感じだった」
 「あの、江村さんの透視って…どんな…?」

 「さっきみたいにカードを読むのは普通に見える。ちゃんと表と裏の区別もつくよ。あとは物から残留思念みたいなのを感じる時もたまにはあるかな」
 「…似てるけど…人の声は聞こえない?」
 「聞こえないね」
 「ええと…いつからここに…?」

 「まだそんなに時間は経ってないよ。四月位に紹介されてここに連れてこられた」
 「…紹介?知ってる人?」
 「今から来る尾崎って人。離婚した母親が再婚した旦那の息子なんだけど…」
 思ったよりも会話がスムーズだった。
 やっぱり同じような境遇と思えるからだろうか?

 「さっき武川刑事の声だけ聞こえないって言ってたけど…本当に?」
 「はい。どうしてか分からないけど…最初から航さんのは聞こえなくて」
 「聞いていい?何で名前呼び?親戚?」
 「え?あ…」
 普通は年も離れているし名前呼びはありえないと思うだろう。

 「あの、友達が航さんの甥で、ええとさっきいたのがその友達のお父さんだから…その友達に武川だと分からなくなるって言われて…」
 「ああ…なるほど。…友達いるんだ?」
 「…初めての…。江村さんにも紹介する!すごくいい奴で、僕の事分かっても普通にしてくれるし」
 「……機会があればね」

 うん!と唯は大きく頷いた。江村さんは未だに友達がいないのかもしれない。唯だって航さんと繋がりのある光流じゃなかったら多分未だに友達なんかいなかったはずだ。
 「あの…色々聞いたりしてもいい、ですか…?」
 「いいよ。俺も聞きたい事とかあるし」

 江村さんの表情はほとんど変わらないけれどそれでも唯に対して好意的なのは肌で感じる。初めての仲間と言っていいような存在に唯はほっと安堵した。 
 「あの…他にも…いるのかな?」
 「力持った人?どうだろう?聞いた事ないな」
 「じゃいないのかな…」

 「いてもいい奴かどうかも分からないし合うがかどうかも分からないからね。唯くんでよかった」
 「僕も。江村さんでよかった」
 唯がそう言うと江村さんがびっくりしたような顔になった。
 「?」
 「……いや、なんでもない…」
 そう言って江村さんの雰囲気がふわりと優しくなって唯は喜んだ。

 表情がないなんてやっぱり違う。きっと江村さんもずっと気を張っているんだ。唯がずっと顔を俯けていたように。自分を守る為に壁を作っていたように江村さんもそうしているんだと分かる。
 「……すごく…分かる…」
 「うん?」

 「僕は航さんとか光流…あ、光流って航さんの甥で友達の名前ですけど、分かってくれる人が出来て変わったから…。親も…今は家に一緒にいないんだけど…かえってそれがよくて」
 「家から出たの?まだ高校生でしょ?」
 「今は航さんの所にいるんです。航さんが僕のたった一人声を聞けない人だから…」
 「ふぅん…。今度詳しく色々聞かせて?」

 「はい」
 唯がにこっと笑うと江村さんも口端を微かに綻ばせた。
 そこに航さんと尾崎さんという人が連れ立って現れた。
 「唯、帰ろうか」
 「帰る?帰っていいの?航さんは?」
 「俺も終わり」
 立ち上がって航さんの腕に縋るように抱きついた。

 「克己くん」
 この人が尾崎さんって人か、と唯は江村さんと並んだ人を見た。江村さんよりは上だろうけど、航さんよりは下かな、と年齢に当たりをつける。
 「紺野 唯くんだね。尾崎 祐介です」
 「…紺野 唯です」

 「可愛い子だね…」
 尾崎さんもあまり表情が変わらないらしい。それに銀縁の眼鏡で視線にも威圧感がある。さっきの熊谷さんよりも背も横もないのに唯にはずっとぴりっとした感じに思えた。そして口調はまるで小さい子に向けたようなちょっと馬鹿にした感じ。
 …ちょっと感じ悪い、と唯は航さんの影にそっと隠れた。
 
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