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追憶の彼方には戻らない 108

 「どこかで夕飯を食べていこうか。今日は血も抜いたしな」
 「別にそれ位大丈夫だけど…」
 車に乗ってやっと唯は尖っていた神経が全部緩んだ感じだ。

 「江村くんはどう?」
 「いい感じ!」
 「へぇ…俺は何考えてるか分からなさそうでちょっと避けたい感じだったけど」
 「そう…?僕は尾崎さんって人が…ちょっと」
 「ああ…、それは分かる。あいつも何考えてるか分からない感じだからな」

 「うん…。なんかバカにされてる感じがする」
 「いや、それはないと思うけど。しかし江村くんと尾崎のペアって何か話ししたりするのかね?想像がつかないな…」
 「え、と…なんか江村さんのお母さんの再婚した相手の息子さんなんだって」
 「…へぇ?そんな事まで話してたんだ?」
 「うん。時間は短かったけど色々話せたよ」

 「……唯は嬉しそうだ」
 「うん。だってなんか初めての仲間?みたいな感じ」
 「ああ…」
 航さんがくすりと笑って頷いた。
 「唯がよかったならいいけどな」

 「うん、よかった。多分ね、江村さんも僕の事そんな感じに思えたはず。なんとなくだけど」
 「江村くんにとっても唯の存在は嬉しい事だったのかもね」
 「…多分。なんかね…子供の頃からの境遇が似た感じっぽい」
 「そうか…」

 少し唯は興奮気味にいつもよりも声のトーンが高くなっている。
 「…僕…興奮しすぎ?」
 「いや」
 くっくっと航さんが運転しながら笑っている。

 「新鮮でいいよ。そういえばテストはどうだった?もう全教科返されたか?」
 「あ、うん。いい…かも。まだ順位とかは出てないけど…平均よりは結構上かも。三分の一以内には入ってるかなぁ…多分」
 「へぇ。頑張ったからな」

 「…うん。光流のおかげでもあるけど…あのね、成績表来たら家に見せに行ってもいい?航さんも一緒に行ってくれる?」
 「…俺もか?」
 「うん。だって航さんいた方が両親もほっとしてる感じしてるもん」
 「うーん…まぁそうだな。…唯の事も報告しなきゃないしな…」
 航さんは乗り気じゃないみたいだ。嫌なのかな、とちょっとしゅんとしてしまう。

 「嫌なんかじゃないぞ?ただ唯にはイケナイ事しちゃってるから胸張って、がちょっと引っかかってるだけだ」
 イケナイ事って…。
 かぁっと唯が顔を熱くさせた。
 「さて、何食べたい?」
 「…なんでもいい」
 「中華にするか?」
 「…うん」

 あんまり外食にも行った事のなかった唯は落ち着かない感じだが、料理の味を確かめたりできていいかも、と思えてしまう。
 航さんに連れていってもらった店の料理は市販の混ぜるだけで出来る中華とかとは味が全然違っていた。
 でも外食って高い…と金額に驚いてしまう。いいのかな、と唯がちらちらと航さんを窺うと航さんはいいから、と支払いをさっさと済ませてしまった。

 「唯の家からも食費もいただいているし、唯がいつも作ってくれているからむしろ今までよりも経済的なくらいだから唯は気にしなくていい」
 航さんが唯の事を案じてそんな事を言ってくれる。食費はそうかもしれないけど、電気代とか水道料はきっと増えたはずなのに…。

 「…ごちそうさまです」
 「また他の店にも行こうな」
 「…うん」
 でもやっぱり二人で出かけるのはデートみたいで嬉しいと唯は素直に頷いた。
 「おなかいっぱい!」
 「血採ったからな。ちゃんと栄養補充できたかな」

 「できた!」
 はしゃぎながら車まで戻る。
 あとは帰ってお風呂入って寝るだけ。
 暗い車の中に乗り込んでちらっと航さんの横顔に視線を向けた。航さんの言うイケナイ事を…航さんは唯にしたいと思ってくれるのだろうか?
 キスはしてくれていたけど…。

 どうしても期待してしまいそうで唯は窓の外に視線を向けた。どうにもばつが悪い時は外を見てしまう。だって航さんと目が合ったら唯の考えている事がばれてしまいそうで、そんなえっちい事期待してるとか思われたくもない。
 でもしたいな、と思ってしまう。だって…航さんとの大人のキスもそのほかの事も色々気持ちよすぎたから…。

 だから!
 こんな事ばっか考えてちゃダメでしょ!
 唯は一人で照れて小さく頭を横に振った。

 航さんのマンションに着いて先にお風呂入っておいで、と航さんにあっさり言われて、眠くなったら先に寝ていいと言われ、航さんはPCに向かってしまった。
 なんだ…と唯はがっかりしながら唯は学校の図書館から借りてきた推理小説を取り出し、航さんがかたかたとキーボードを鳴らすのを聞きながら本に目を向けていた。
 
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