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追憶の彼方には戻らない 114

 「…唯…唯…」
 航さんの声が聞こえる。
 「……ん…」
 目が開かない…。

 「もう出る時間だから行くけど今日はゆっくりしてなさい。昼に帰ってこられそうなら連絡入れて帰ってくる」
 「…ん…ん!?」
 出る時間!?
 はっと唯が目を覚ますと目の前には航さんの顔があった。

 「おはよう。身体は?大丈夫か?」
 「う、ん…多分。重いけど大丈夫…だと思う」
 航さんが軽くキスしてくれた。
 「すまんな。見境なくて」
 「……別にいいもん」

 「まぁ、唯ももっともっと言う位だし。…っと、からかってる時間ないな。午前中はベッドで寝てなさい。ぐだぐだしてていいからな」
 「……うん。…いってらっしゃい」
 「行ってくる」
 航さんがもう一度キスしてそして出て行った。
 …元気だ…。

 そりゃあ受ける方が負担は大きいだろうけどそれでも確実に唯よりは睡眠時間が少ないだろうに航さんは調子も機嫌もよさそうにして仕事に行ってしまった。
 「ぐだぐだしてようっと…」
 確かに身体は重いし…。後ろには航さんがまだ入ってるみたい…って…思っただけでどくりと身体が反応してしまいそうになる。

 ……なんかかなりヤラシイ体になってる気がする。
 「航さんが悪い」
 ぶつりと文句を言ってみるけど、そんな事思っていない。本当は嬉しくて仕方ないんだ。
 何度も何度も航さんを受け入れて、それ位航さんも欲しいと思ってくれてるって事だから。
 それにしても…一週間ウィークデイはほとんど軽いキスだけなのに先週といい昨日といい一回のえっちが濃すぎる。

 …普通ってこんな感じなの…?
 航さんしか知らないので比べようもないんだけど…。
 「…なんか…ただれてる…?」
 まさか自分がえっちに溺れそうになるなんて思ってもみなかった。航さんに言われた通りにもっととか、早くとか、欲しいとか…言った記憶はちゃんとある。

 色々言わされた事もあるけど…。
 思い出すだけで恥ずかしくなってくるけど航さんはずっと楽しそうだったし嬉しそうだったし満足そうだったからいいのかな、とは思うけど、やぱり恥ずかしいは恥ずかしい。
 「はぁ……」
 唯は心と息を整えるために深く息を吐き出した。

 そして昨日あった綺麗な顔の江村さんを思い出した。
 江村さんには安心できる誰かがいるのだろうか?
 昨日の口ぶりだと友達もいないみたいだったけど…。友達じゃなくても恋人がいれば…。
 でもそんな簡単な事じゃないのは自分がよく分かっている。

 唯だって航さんという存在がなかったら絶対恋人なんて出来なかったはずだ。
 精神的に全部を信じて預けられる人がいるだけで不安ばかりだった心が軽くなっているんだ。
 でも江村さんにはお母さんの再婚相手の息子さんの尾崎さんって人がいる。担当についているくらいなんだから江村さんの事をちゃんと分かっているはずだ。

 色々話したり相談できる相手がいるだけで心情的には全然違うはず。航さんと恋人になる前唯だってそうだった。
 でも恋人になってからはもっと確かなものになった気がする。
 頼ってもいいんだ、と全てを受け入れてもらえていると感じられる。

 こんな事江村さんに言ったら惚気にしか聞こえないかもしれないけど…。それに唯が悩んでも仕方のない事だ。でも唯は航さんのおかげで自分に向き合えるようになったと思う。江村さんもそうなって欲しいな、と思わずにいられない。
 なんといっても今の所唯一江村さんは唯の中ではただ一人の仲間だ。

 同じ人なのにどこか異質を感じていた自分にとっての同じ感覚を持った人なのだから。
 唯が幸せだと感じられるように江村さんも幸せと感じられるようになって欲しい。昨日の江村さんを見る限りでは多分そういった存在はいないみたいだ。
 そして唯を少し羨んでいるようだった。もし自分が反対の立場だったらやっぱりそう思うに決まってる。

 自分と同じ境遇なのに友達もいるなんて…と。
 だからといってやっかみまでは思わない。自分には無理だ、と思うだけだろう。
 きっと江村さんも同じなんだ。

 分かりすぎる位に江村さんの気持ちが分かってしまう。多分間違ってはないはずだ。
 ベッドでごろごろしながら唯は考えていたけれど唯が考えてもどうしようもない事でもある。
 「…起きよ」

 眠気が去っていたのでゆっくりと唯は起き上がった。立てるかな、と一瞬心配したけれど大丈夫そうだ。ふらふらとしながらも唯は自分の部屋にいって着替えを済ませた。
 
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