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追憶の彼方には戻らない 115

 「晴れてよかった」
 「うん」
 航さんと車に乗りながら唯の気分はうきうきだ。

 初めてのデートといっていいだろう。
 唯は半袖のチェック柄のシャツに丈の短いカーゴパンツに帽子だ。航さんはTシャツにジーンズ。
 背高いし足長いからジーンズがよく似合う。
 いつもスーツ姿ばっかりだからどうしても何回か見た姿なのに慣れなくてドキドキしてしまう。
 半袖のTシャツから伸びる腕もカッコイイ。

 いいな、と思わず羨望の眼差しで見てしまう。
 「さてどこ行こうか…」
 「航さんと一緒ならどこでもいい」
 「…お前ね…」
 航さんが車を走らせながら呆れたような目でちらりと唯を見た。
 なんか変な事言った?

 「そういう可愛い事ばっかり言うから何でもしてやりたくなるし離したくなくなるんだよな…帰るか?」
 「え?ええ…?なんで…?」
 「そりゃあお前にそんな可愛い事言われたらスイッチ入るし。一日ベッドの上ってのもありだけど?」
 「……明日学校休んじゃうよ…」
 「だな。それはダメだな」
 くっと航さんが笑う。

 …冗談だったらしい。一瞬唯はどきんとしちゃったのに!
 「…ホントに…航さんと一緒ならどこでもいい…。どこって言われても出かける事ほとんどなかったからよく知らない…」
 「そうだな…人があまり来ないようなとこ…なんて日曜じゃ無理か」
 「人いても航さんがいてくれるなら平気。航さんにくっついてていいなら、だけど」
 「俺は構わないさ」

 航さんは平然としてそう答えてくれる。
 外で男同士でくっ付いてってどうみたって変だろうけど、航さんと釣り合ってない唯ならば親戚の人に甘えてる位にしか見えないだろう。

 「うーん…どこがいいかな。梅雨時期なのに晴れたからか暑いしな…」
 「ね…そういえば通帳貰ったけど…本当にいいのかな?」
 「いいだろ。唯は怪我まで受けて、唯がいなかったらあんなに早くに解決なんて無理だったし捕まえられたかどうかも怪しかったからな。受け取って当然だ」

 「…そう?…じゃちょっと買い物したいかも…」
 「買い物?」
 「うん…。親に…ちょっとだけでいいけど…」
 小さく唯が言えば航さんが優しい顔で口端を緩め唯の頭を撫でた。
 「じゃあ港の方に行ってみようか?倉庫街でも覗いてぶらぶらしてもいいだろう?」
 「うん」

 航さんと一緒にいる空気が好きだ。自分が自然体でいられると思う。
 本当は航さんに似合うように背伸びしたいけどどうしたって届くはずはない。それが分かってるから無理しないんだ。そして航さんも唯をそのまま受け取ってくれているのが分かるから、だから安心出来るんだ。

 ずっと人と関わらないように隠れるように生きていくんだと思っていたのに…。
 航さんをちらっと見ただけでも唯の顔が緩んでしまう。
 さっきみたいな事を言ってくれるのもちょっとは恥ずかしいけど嬉しい。とにかくなんでも嬉しいにしかならないんだからどれだけ航さんが好きなんだろう?と自分でも不思議だ。

 車を駐車場に入れて公園を歩いた。
 子供連れの家族やカップルが多い。…当たり前だろうけど。
 唯だってたとえ人から見たら保護者と子供にしかみえないだろうけど、気持ちはデートだ。
 初めてのデート。
 航さんと並びながら歩くだけでも心が浮かれてる。

 人は多いけどぶつかるほどでもなくてべったりと航さんにくっ付かなくても大丈夫だけど、ちょっと残念なような、ほっとしたような複雑な気持ちだ。
 それからあちこちの店を覗き込みながら両親に何がいいかと悩む。
 結局母親にはスカーフ、父親にはネクタイとオーソドックスといっていいものになった。

 「あ、光流の家にもなんか…お世話になったし」
 ここぞと唯は買い物に精を出した。だって誰かの為に買うなんて初めての事だ。
 「航さんにも…」
 「俺はいいよ」
 「でも」
 一番お世話になってるのに…。

 「俺は唯にあげてるばかりじゃないからな。いっぱい貰ってるし」
 にやっと航さんが唯を見て片方の口端だけ上げる。
 「そのうちな。金なくなるだろ。ちゃんと自分の為にとっとけ」
 「うーん…」
 「帰ったら唯からのキスで十分だ」
 航さんが唯の耳元に口を寄せてそんな事を囁く。

 「もう…」
 そんなのいつでもできるのに…。いつでもしてるのに…そんなものでいいなんて。
 「でも…じゃあいっぱいしないと…」
 わざとそんな事言ってみたら航さんは余裕でそうだな、なんて頷いて笑っていた。
 
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