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追憶の彼方には戻らない 119

 光流が帰った後に買い物にちょっと出かけて晩御飯の用意、と思っていたら航さんから電話がかかってきた。
 「もしもし?」
 『唯?事件があってちょっと今日は帰れるかどうか分からないんだ。待ってる事ないから先に寝てなさい。飯も俺の分はいいから。でもちゃんと唯は食べろよ?…一人で大丈夫か?光流の家に行くか?』

 「い、いいよ!一人で大丈夫!」
 『本当か?』
 「本当だってば」
 光流の家に行くよりも航さんが帰ってくるかもしれないならこのまま航さんのベッドで寝るほうがいい。

 『火とか戸締りに気をつけてな?』
 「うん。航さんはお仕事気をつけて頑張ってね」
 『ああ。…時間できればまた電話する』
 「無理しないでね…」
 今だって航さんの電話の後ろで怒声が飛び交っていて忙しそうだ。

 『じゃおやすみ』
 ぷつっと切れた電話が悲しい。
 もうそろそろ帰ってくるかなと待ってたら肩透かしをくらった気分だ。
 お仕事だから仕方ないけど。

 ずっと大きな事件がなくて毎日ほとんど定時で帰ってくるような感じだったけど、久しぶりにそうはいかなくなったらしい。
 晩御飯は自分の分だけか…。
 じゃあ簡単に済ませちゃおう。今日の分は後に回したっていい。でも明日も帰ってこられるかどうかは分からないのだろうか?
 明日の事を考えても仕方ない。

 一人分を用意してダイニングでぽそぽそとご飯を食べた。
 「…おいしくない」
 いっつも航さんと向かい合わせで学校の事とかちょっと話す位だけど、それでもいつも航さんは向かいにいたのに今日はいない。

 家でだって一人で食べてたんだから同じなのに。
 航さんの存在が当たり前になってしまっていたんだ。
 「仕事なんだから!」
 ずっと一緒にいるのが当たり前の感覚になってたのがおかしいんだ。
 そそくさとご飯を詰め込み、後片付けを済ませ、お風呂も入っちゃうとやる事もなくなり、勉強しようと自分の部屋に行った。

 航さんが帰って来てからはほとんど自分の部屋に行く事はなくリビングにいるんだけど、一人の今日は広いリビングより狭い部屋の方がいい。
 唯はドアを開けたまま自分の部屋に行って航さんが用意してくれた机の上に教科書とノートを広げた。

 航さんがいればテレビをつけたりするけれど、一人だとそんな気にもなれずにしんとした部屋でもくもくと予習復習をしていた。
 案外集中できて一休みと思ったら結構な時間が経っていてもう夜の11時を過ぎていた。
 12時まで起きてようと決めてもう一度机に向かう。

 航さんは忙しいらしく電話をかける時間もないらしい。亜矢加さんも一緒なのだろうか…?
 ついまた変な方に思考が向かっていって唯はぶんぶんと頭を横に振った。
 「だから!仕事中だってば!」

 本当にこれじゃ嫌過ぎて自分が嫌いになりそうだ。それでなくとも元々自信があるわけでもないのに。
 航さんをまるきり信じてないみたいだ…。でもそうじゃない。航さんの事は信じてる。さっきだって航さんの声も忙しそうだったのにそんな中でも唯の事を気にしてくれているんだから…。

 それなのにそんな航さんの事を疑うような…、でも違うんだ。本当にただ唯が勝手に気にしてるだけなのに。
 はぁ…と唯は大きく溜息を吐き出した。
 もう集中は途切れたらしい。
 教科書とノートを片付けてからはっとした。

 もしかしてニュースで何かしてないだろうか、と慌てて部屋の電気を消してリビングに行くとテレビをつけた。
 ニュースをやっている所をつけたけど大きいニュースはやっていないみたいだった。
 それともニュースになっていないだけで大きい事件があったのだろうか?航さんは危なくないのだろうか、と色々な事が今度は唯の頭を占めてくる。

 「寝よう…」
 そんな事を唯が考えても唯にはどうする事も出来ないんだ。
 ここで寝ないで航さんを待つのは簡単だけれどそれをしたら航さんにかえって心配をかけてしまう。
 唯はリビングの電気を消して寝室にいった。広い航さんのベッドに一人は寂しいけれど…。
 せめてルームランプを小さくして点けておこうと唯は眠るのに邪魔にならない程度の明るさにして目を閉じた。



 携帯のアラームが鳴って目を覚まして唯ははっとした。
 身体が背後から航さんの腕に包まれていた。
 「帰ってきてたんだ…」
 「ん…もう朝か…?」

 「航さん!おかえりなさい!ぐっすり眠ってて航さん帰ってきてたの分からなかった」
 唯はくるりと振り向いて嬉しくなってキスする。
 「ただいま。それでいいんだ。安心したよ」
 航さんが眠そうな声でそう言ってくれた。
 
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