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追憶の彼方には戻らない 120

 「え?航さんは今日もお仕事?昨日は何時に帰ってきたの?」
 唯が起きて少ししてから航さんも起きてきた。
 「三時位かな…。事後処理があるから行かないと…」
 ふわ、と大きな欠伸を航さんが何度も漏らしている。

 「ずっと規則正しい生活してたから寝不足が効くな」
 航さんが苦笑しながら新聞を見ていた。
 事件はコンビニ強盗だったらしいけどすぐに犯人が捕まったらしい。それで航さんも帰ってこられたらしいんだけど、三時に帰ってきたのに今日も普通に行くって…。

 「航さん…大丈夫?」
 「あ、平気平気。唯悪いけどコーヒー濃い~の入れて?」
 「うん」
 すぐに航さんのリクエスト通りにコーヒーを濃い目にセットする。

 「いつもだったらそのまま署に泊まるんだけど、唯いるしと思って帰って来て正解だった」
 「え?」
 「すやすや眠る唯に癒された」
 「…え?」
 「食べちゃいたい位だったけど…我慢して唯抱っこしたらあっという間に寝てた」
 くっくっと航さんが笑ってた。何がそんなに楽しいんだろう?

 「前にも言わなかったっけ?あんまり俺は深く眠れないんだけど…唯がいるとグースカ寝れるらしい。署で寝てたら間違いなく目の下にクマ飼ってたな。唯いないともう眠れないかも」
 「まさか」
 「いや、わりとマジで。眠れない事はないと思うけど…寝たー!って感じは唯が来てからしか味わった事ないからな」

 「…そうなの?」
 「そ」
 前に誰かと眠る事が出来なかったと言ってたけど一人で寝ててもちゃんと眠れなかったなんて思ってもなかったのでこれは嬉しい。

 「だから…昨日は帰って来て唯が寝ててさらに安心して撃沈したらしいな。大抵そんな時に一人だと目が冴えて眠れなくなるのが常だったから朝唯の声が聞こえて驚いた」
 それで航さんはさっき笑っていたのか…。
 「…嬉しい!」

 航さんの役に立っているのかもしれないと思えれば嬉しい事だ。
 「コーヒーできるけど…航さんはパンがいい?ご飯?」
 「パンがいい。ご飯は寝不足に重いかも。パンも一枚でいいや」
 「うん」

 朝から航さんに嬉しい事を言われて唯の機嫌は絶好調だ。
 ホント自分でも現金だな、と思って呆れるけど顔は緩んでしまう。
 航さんに乗り換えの駅まで送ってもらって唯はご機嫌で学校に行った。
 
 「唯、昨日はありがとう。ウチの母親がすごい嬉しがってたよ」
 学校の帰り道は今日も光流と一緒だ。
 「ちょっとだけで申し訳ないんだけど…」
 そんな嬉しがられるものじゃないというのは分かってるけどそう言ってもらえるだけでもよかったと思える。

 「いやマジで。唯の初めてのバイト料でウチにまでってとこがね。すっごく嬉しかったみたいよ?」
 「よかった。でも本当に光流の家にはお世話になったし…」
 「そこは親父の仕事の関係上もあるからそんなに気にしなくてもいいけど。気にしちゃうのが唯なんだろうけどね。だから可愛いってウチの母親も唯はいつでも来ていいし泊まってって欲しい位みたいだし」

 「…そこは光流の朝起こし係のせいじゃない?」
 「それは確実にそうだね」
 光流も頷いて、顔を合わせて笑った。
 学校の駅まで光流と並んで歩いていたんだけど光流がちょっと鋭い視線で神経を尖らせているのを感じた。

 「光流?どうかした?」
 「……いや…気のせいか…?」
 「何が?」
 「うん…なんでもない」
 何でもなさそうな光流の言い方だったけど光流は言う気はないらしい。

 「…ちょっと唯のマンションまで送ってく」
 「航さんのマンションだけど。…なんで?」
 「ちょっと確かめたい事が出来たから」
 「?」
 なんだろうと思いながらも来た電車に乗った。

 「乗り換えの駅でうろついてもいい?」
 「いいけど」
 光流の様子がやっぱりいつもと違う感じがする。
 黙ったままで乗り換えの駅で一緒に降りて構内をうろついた。店に入ったりする光流の後ろをついていく。
 かなりうろうろと歩いていると見知った顔が反対側から歩いてくるのが目についた。

 江村さんだった。
 背が大きいわけでもないのに独特の雰囲気で江村さんは目立っていた。
 「あ…」
 唯が声を出して立ち止まると光流もどうした?と振り返って止まった。
 そして向かい側から歩いてきた江村さんも唯を見てあ、と声を出して立ち止まった。

 「偶然だね」
 江村さんのほうから唯に近づいてきて声をかけてきた。
 「はい。江村さんは大学の帰り?」
 「そう」

 ちらっと江村さんが光流を見た。
 「友達?」
 「そうです」
 唯はこくんと頷いた。

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