今日も清水と一緒に外回り。予定では一日中だ。
夕方に会社に戻って業務報告書作成で、終了の予定。
「昼そこいらで食べるか?」
「あ、はい」
清水は安い定食屋などをよく知っていて、色々教えてもらっている。
車を駐車場に入れて降りるとちらほらと大学生の姿がみえる。
宗の大学の近くだ、と思い当たった。
まさかその辺に宗はいないよな、と清水に分からないようにときょろりと周りを見渡した。
「…宇多くん…彼…」
気付いたのは清水の方が先だった。
清水が入ろうといった向かいのカフェの窓際に宗がいた。
「あっちにする?」
「いえ」
瑞希は首を振った。
宗は一人じゃなくて、女の子と一緒だった。
大学生の子なんだろうけど遠目で見てもスタイルのいい美人だ。
ああいう子がいつか宗がつれて行ってくれたレストランで宗の隣に立つのが相応しいといえるような女の子だった。
髪がストレートで長い。
さらりと髪をかき上げる姿は自然だ。
「…いきましょう」
見たくなくて瑞希は清水を促し定食屋に入った。
「…宇多くん?」
「え、あ、はい」
席が昼時で空いてなくて空いていたのが丁度窓際。しかもカフェの向かいで自然宗の姿が目に入る。
なんでもないよ、ね…?
心臓がどくどくと脈打っている。
「どうかした?」
「え?あ、いいえ」
意識がどうしても宗が気になって散漫になってしまう。
「何にする?」
「…一番安いのでいいです」
清水が注文を聞きにきた店員に自分の分と瑞希の分を注文していても瑞希は宗が気になって仕方がない。
あ…。
宗が女の子に顔を近づけた。
即座に立ち上がってあっちまで走って行きたい。
誰?って聞きたい。
きっと宗は何でもない、と言ってくれるはず。
女の子が顔を俯けるその顔を覗きこむような宗が見えた。
ぐっとテーブルの下で瑞希は拳を作って握り締めていた。
「さすがかっこいい彼は連れている子も美人だな…。遠目でも美男美女カップルに見える」
「…そうですね」
違う!……はず。
でも宗の隣にはああいう子が似合うんだ。
清水の言葉も分かる。
本当にそうだから。
でも、いやだ…。
どうしよう。
宗は今日ちゃんと帰ってくるのかな…?
瑞希に不安がよぎる。
あっ!
女の子が宗の手を握った。
ふっと瑞希は視線を外した。
やめて。
宗を取らないで。
瑞希には宗しかいないのに!
その時お待たせ致しましたと頼んだものが運ばれてきたけどもう食欲なんてどこにもなかった。
それでも食べ物を口に運んで機械のように飲み込んだ。
見ない。
見ちゃいけない。
仕事だと思ってる瑞希がここで見てるなんて宗は思いもしないだろう。
さっさと食事を済ませて清水と店を出た。
宗と女の子は会話しているらしく口が動いている。
女の子が宗の手を握ったのは一瞬だったらしく瑞希が顔を上げた時にはもう手は離れていた。
「……彼、声かけなくていいの?」
「…別にいいです。行きましょう」
瑞希は車に乗った。まだ今日も助手席だ。
宗の方を見ないように車が駐車場を静かに出た。
それ以降の仕事は散々だった。
意識がどうしても宗に向かってしまって集中も出来ず、道を覚えようと思っても頭に入ってこず、クライアントの会話も上の空だった。
清水がいたから全然問題はなかったけれどもし瑞希一人だったならば全然仕事になっていない。
反省しても宗が気になって気になってだんだん恐くなってくる。
帰ってこなかったら?
そういえばずっと瑞希が胃を痛くしてから宗は毎日瑞希をただ抱きしめるだけで抱いてもらっていない。
やっぱり女の子のほうがよくなった…?
まだ瑞希の身体が本調子じゃないからと言っていたけど…。
本当は違う…?
あの子の方がよくなったから?
違う…。
頭の中がぐるぐるしている。
「宇多くん?大丈夫?」
「え?あ、いえ……大丈夫です」
瑞希が胃を痛くしてから清水は日に何度も気遣ってくれる。
「…今日はすみませんでした」
「いいよ。普通新人にそこまで期待してないけど君は今まで出来すぎだったからね」
「…ありがとうございます。……すみません」
清水は何も言及してこない。どう見たって昼間の宗を見てから瑞希がおかしくなってしまったのにも気付いているだろうに、何も言ってはこなかった。
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