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追憶の彼方には戻らない 135

 「随分と江村くんは唯を気にしてくれてるね」
 帰ってきた航さんは唯がちゃんといた事に安堵の表情を浮べた後、唯が江村さんと電話して話した事を告げると苦笑しながらそう言った。

 「唯の事好きになったらどうしようか…」
 「そういうんじゃないってば!」
 絶対違うと断言できる。

 「それは分からないだろう?だって唯は可愛いし…」
 航さんが唯の頭を抱えるようにして頭にキスした。
 「そんな風に思うの航さんだけだってば!だって僕だって男なんだよ?そんなにそんなにないでしょう!」
 「唯は甘い。もうちょっと危惧して欲しいな…。気が気じゃないよ。小木も唯が綺麗になった、さらに可愛くなったってうるさい位だった」

 「…別にどこも変わりないのに」
 「あるって」
 それは絶対航さんの欲目だと思う。でも航さんに心配されるのにちょっと心がこそばゆい。だってそれ位気にしてくれてるって事だ。

 「今日パスタでいい?買い物あんまりしてなかったから…」
 「なんでも」
 航さんが唯の頭を撫でて着替えの為に寝室に消えた。
 

 「しかしどうも釈然としないな…」
 「ん?」
 ダイニングで唯が作ったベーコンと玉ねぎを炒めて作った和風パスタに水菜とトマトのサラダを食べながら航さんが呟いた。

 水菜とトマトは朝用に買ってたものが残ってたのを入れた。こんな事も出来るようになった、と唯は一人でちょっと成長してるかな?と悦に入っていた。

 「執念深いやつだと言ったが小物だとも言ってただろう?再逮捕のリスクを負ってまで…がどうにも考えられないんだ。エリート意識が強いから…。俺を恨んではいたが見下してもいたから…それに今日の電話をかけてきたのが女の声というのも…ひっかかる。どうも繋がらないんだよな…唯をおびき出すためか、とも思ったけど…仮釈放で保護観察付きで…そんなリスクを負うのは考えられないんだな…。現に姿を見せたのは一回きりだし…」

 航さんが難しい顔で考え込んでいる。
 「ずるがしこいからこそ…何考えてるか分からないんだけどな…。もしかして警察をバカにしてもう一度試しているのかもしれないが…」

 「でも…航さんがそんな風に思ってるって事は…あんまりしなさそうな人…?」
 「捕まえた俺を逆恨みしてても俺を馬鹿にしてる位だったからな…。それでもう一度掴まるような真似をするか、ってのが微妙だ。表ざたにして唯の周りがうるさくなるのも避けたいし…一度確かめに会ってくるかな…。会ってかえって刺激したらマズイと思ってたけど…」
 そう言いつつ航さんの歯切れが悪い。そして心配そうな目で唯を見ている。

 「…僕が航さんの足枷になってる?」
 「足枷じゃない。ただ心配なだけだ。もし下手に突いて唯をどうにかしようと思われたら、とね。今までこんな事考えた事もなかったから臆病になっているらしい」
 航さんが苦笑した。その顔が苦しそうに歪んでいる。

 「……警察やめようか、なんて思う事もある。唯に俺のとばっちりが行って怪我なんかさせたら…」

 「僕は大丈夫。だからやめないで。航さんやめちゃったら誰が僕の担当になるの?航さん以外はやだ。それに…せっかく…航さんが警察で僕もだからこそ警察に入って航さんと一緒に仕事したい…なんて思えるようになったのに…。僕なんかなんの役にも立たないかもだけど…でも折角目標出来たのに。それに…航さんの仕事中の顔も好きなんだ…。仕事中じゃない時だってカッコイイけど…眼光鋭い航さんカッコイイし…」

 航さんがじっと唯を見つめてそして顔を俯けるとくっくっと笑い出した。
 「困ったな…。唯にそんな事言われたら辞められなくなる」
 「…別に警察辞めたら嫌いになるとか、そんなのはないけど…。警察官の航さんだったから…だから航さんが僕に声かけてくれたんだろうし…」

 「別にそうじゃなくとも唯には声かけたとは思うけど…でも…そうか…一緒に仕事、ね」
 「うん」
 「唯を守るのに、傍にいるのにやっぱ警察は都合いいな…」
 「…別にそこだけじゃなくて…」

 「そこが一番重要だな。今俺が一番大事なのは唯だから」
 さらっと航さんがそんな事を言ってくる。
 「…仕方ない…頑張るか」
 くすりと航さんが吹っ切れたような表情になった。

 「いいけど…ホントいい年してお前俺の事ウザくねぇの?」
 「ないけど?…嬉しいだけだけど…」
 「うーん…愛情が足りなかった唯だから俺の重苦しい偏愛も受け入れてくれるんだろうなぁ…自分でも呆れる位なのに唯は寛容だし」
 航さんが一人で納得したように呟いていた。
 
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