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追憶の彼方には戻らない 136

 土日もおとなしくして航さんのマンションから一歩も唯は出なかった。
 元々今までもそうだったから特に苦はない。むしろ掃除を隅々まで出来て自己満足してたくらいだ。
 ちゃんと航さんは唯のしている事に気づいてありがとうと言ってくれたりして、何気ないそんな言葉が嬉しいんだ。
 航さんが仕事帰りに買い物までしてきてくれて、唯が動ければいいんだけど…とそこは申し訳なくなる。

 けど、なにしろ日中も確認の電話を何回かくれたりと過保護だ、と思う。勿論心配してくれるからであって、それも唯にとってはくすぐったい。
 唯にも分かる位の十分な愛情を航さんだけが与えてくれるんだ。
 ダイニングに置いたままになっていた唯の携帯が音を出した。

 相手は航さんで、また確認の電話なのだろうか?と思いながら電話を取った。
 「もしもし?」
 『変わりないか?』
 「ないってば!航さんは心配しすぎ!」
 本当に何もなさ過ぎるって位に何もない。

 『それならいいが…。実はこの間つけられた盗難車が見つかった。見つかったのはいいんだが…別の事件関連らしくこっちには何も関係なかったんだ』
 「え?そうなの…?」
 『ああ。どうやら兄貴の方の事件らしい』
 そういえば光流の家からの帰りだった。

 「え?じゃあ光流のお父さんと間違われてた?って事?」
 『らしい。…とりあえずその報告だ。出かけないでいい子で帰り待ってなさい』
 「…うん。気をつけてね」
 電話を切るとリビングのソファに座って唯は考え込んでしまった。
 車をつけられたのは繋がってなかったんだ。

 「うーん…?」
 なんかそしたらはっきりいって全然唯に害はないと思うんだけど…?
 学校に電話がかかってきたけどでもそれだけだし。
 あそこで外に出ていたらどうなったかまでは知る事はできないけれど…。
 電話は女の人だった。もしかしたらそれも別件?でもじゃあなんで唯の学校まで?
 唯が分かるはずはない。

 それ以降も後をつけられることもなく何も変化もないまま航さんが仕事の日は光流と一緒に光流の家に帰り、航さんの迎えを待つという日が続いた。
 でももう何も起きないんじゃ?と唯は思う。

 唯を狙っているのでは、と思われた保護観察中の人は表面上はおとなしく生活しているらしい。航さんは唯の為に時間を割いてる分、そして細々とした仕事があるらしく中々本人に聞きに行く時間がとれないらしい。
 誰かに頼む気もないらしくかえってそこは唯は安心した。わざわざ唯の為に誰かにまで迷惑はかけたくはない。

 「なんか…大丈夫な気もするよね」
 今日も光流と一緒に帰りながら光流に言ってみた。
 「まぁね。ただ油断してると、って事があるからねぇ」
 それを言われたら唯は黙るしかない。自分から危険に飛び込みたくないのは本当の気持ちだ。

 あの事件の時だって本当は怖かった。ただ傍に航さんもいてくれたから勇気を出したんだ。
 今は航さんが始終一緒にいるわけじゃないんだから…。
 「うちは全然気にしなくていいし。唯ももう第三の家みたいな感じでしょ?ウチの母親も普通に唯をこき使ってるし」
 「こき使ってるんじゃないよ。僕が教えてもらってるの」

 毎日光流の家で夕食の準備を手伝ってるのは唯だった。おかげで色々教えて貰ったり料理のレパートリーが増えたのに光流の家にばっかり行ってるのでなかなか航さんにそれを披露する場がない。
 「うちの母親がマジで親父に唯をうちの子に欲しいって言ってたけど?」
 「はい?」

 「事情があって叔父貴の所にいるってのは知ってても何の事情は知らないはずだけどね。叔父貴と一緒がいいなら叔父貴も帰ってくればいいんだ、って」
 ふるふると唯は首を横に振った。
 「叔父貴は絶対嫌がるだろうからまぁ、それはないけど。叔父貴だけでなくて唯もだろうけどね。人んちでえっちとか無理でしょ?」

 「………」
 かっとして唯は顔を俯けた。本当に光流はこういうコトでよく唯を突っついてくる。
 「ああ…やっぱり光流って航さんと似てるんだね」
 「ヤメテ!」
 心底嫌そうな顔で光流が顔を顰めた。

 「光流のお父さんはそんな意地悪とか言わないもん」
 「…親父にも叔父貴にも似たくはないよ…」
 はぁ、と光流はうんざりとしたような溜息を大きく吐き出した。
 
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